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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十二.宇宙人らしい
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十二ノ02

 妹はフツウの女性だった。白いワンピースを着て、白いヒールをはいて、黒髪がなんとも美しくて、いちいちの仕草が気弱そうにぺしょぺしょしていて、申し訳なさそうな態度をしていて。


 兄貴ともども、茶の間に招き入れてやった。冷たい麦茶を出してやると、妹は「ごめんなさい、ごめんなさい、恐れ入ります」と言い、ぺこぺこと頭を下げた。好感が持てる。少々無作法な兄貴と比べると、余計に健気に映る。


 私は「恋人を持つ、あるいは結婚したいのだと、そこの兄貴から聞かされたんだが?」と訊いた。妹は「そ、そんなことありませんっ」と少々声を大にし、ぶんぶんと首を横に振った。


「兄貴の望みは突拍子のないことだとは思わんが?」

「自分の恋人くらい、自分で見つけたいです」


 それはまあ、そのとおりか。


「でも、カヨコ、わかってほしいんだ。お願いだから、兄さんの言うことを聞いてくれ」


 カヨコというのが、妹の名前らしい。宇宙人だとのたまっていたくせに、なんともこの国に馴染んだ名である。


「おにいちゃんの言うことは、とってもありがたいんだけれど……」

「カヨコ、俺に不出来なところがあったら言ってほしい」

「だから、そんなこと、ないよ。ないんだよ?」

「だったら――」

「だから、自分の進む道くらい、自分で決めたいの!」


 妹に強くそう言われ、兄貴はいまにも泣き出しそうな顔をした。兄貴が少々不憫ではあるものの、妹――カヨコの言っていることは正しい。いつまでもおんぶに抱っこではいたくないだろう。にしても、宇宙人を名乗る連中から、このような、言ってみれば俗っぽい話を聞かされようとは。ぶっちゃけろと言ったのは私だが。


「兄貴よ」

「は、はい、兄貴です。なんですか?」

「もう一度、訊きたい。おまえはほんとうに宇宙人なんだな?」

「それは間違いありません」

「カヨコの言い分も聞きたい」

「はい。私も、そうなんだって思っています」


 軽い頭痛がした。


「だとしたら、なんだ? どうやってこの星を訪れたんだ?」

「星間連絡船というものがあって」


 兄貴はそう答えたが、そんなもの、耳にしたことなどない。


「私と兄は選ばれたんです。地球に行きたい。その希望を、酌んでいただいたんです」

「親は? いないのか?」

「早世しました」

「なるほどな」


 納得してやる義理はないのだが、なんだか納得してしまった。


「地球に来て、どうだ? 楽しいか?」

「はい、それはもう」カヨコはころころと笑った。「知らないヒトがいます。知らない街があります。楽しいです」

「しかし、まともな生活の基盤は――」

「ないんです……」


 カヨコはしょんぼりと表情を曇らせた。


「だから兄も私も一生懸命で……」

「兄貴に苦労をかけたくない。早々に男のモノになりたい、なってみたい。カヨコ、おまえが望むのはどっちだ?」


 するとカヨコは、ぽっと頬を赤らめ。


「私はその、男性と付き合うことについては、興味が……」

「エッチなことがしたいんだな?」

「エエ、エッチとか!?」

「セックスがしたいんだろう?」

「セセセ、セックスとか?!」


 カヨコは目を白黒させた。代わりにといった感じで、私は兄貴に声をかける。「妹はそんなふうにのたまっているぞ」と。


「妹が幸せになれるなら、俺はそれでいいんです」兄貴は眉をハの字にして笑った。「俺も妹も宇宙人ですけれど、俺はなんとでも生きていけます。ただ、妹はきっと、そうじゃないんです。だから、誰かに、娶ってほしくって……」


 私は「誰でもいいのか?」と訊ねた。当然だろう。兄貴が「だ、誰でもはよくありません!」と声を荒らげた。だが、私には"イイヒト"を紹介してやれるような気がした。


「稼ぎは? 相応以上に必要か?」


 そ、そんなこと。

 そう言って、カヨコは首を横に振った。


「フツウに暮らせればいいです。むしろ、貧乏でも、貧乏だったとしても、私はがんばりますっ!」


 兄貴は感極まったようで、「カヨコ……」と言い、ぽろりと涙をこぼした。それから私のほうを見てきた。


「お願いです、お願いです。妹の幸せのために、一肌脱いでやってください」


 どうしてこのような話になってしまったのか、そこのところはまったくもってよくわからないのだが、最近の私は「乗りかかった舟」なる言葉に極端に弱い。


「心当たりがある。そいつも独り身で、寂しがっている。いい女房を欲しがっているということだ」


 すると兄貴のほうがにわかに難しい顔をして。だけどカヨコは「お会いしてみたいです!」と乗り気で。カヨコは兄貴に心配をかけたくないから、早いところ、相手を見つけようとしているのだろう。そのへんの事情はさておき、カヨコの眼差しは強いし、なんだかんだ言っても、兄貴の苦笑いも「よろしくお願いします」と語っているように見える。


「明日、また来い。そいつを呼び出しておく」

「ほ、ほんとうですか?」と、カヨコは目を輝かせた。「ほんとうですか?」ともう一度、訊ねてきた。


「兄貴、おまえは来るなよ。つまらんことで座礁しかねないんだかな」

「わかっています」


 兄貴は悲しそうな笑み浮かべたが、そのじつ、いろいろと割り切ってはいるのだろう。


 宇宙人と地球人との恋。よくわからん話だが、仲立ちしてやろう――とする私は、やはり尊いのだろう。


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