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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十二.宇宙人らしい
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十二ノ01

 黒いロン毛をオールバックにしたまだ若い男は、我が古書店――「はがくれ」に引きつけられるようにして立ち寄ったのだという。


「俺は宇宙人なんだ!」


 レジ台の向こうから必死にそう訴えてくる男を見てを首をかしげた、多少のアホ面――否、大いなる馬鹿面をこいてしまったかもしれない。


 私は暇潰しに用いていた殊能氏の文庫本を脇に置き、首をゆるゆると横に振りながら、そして前を向いた。くっだらない読書タイムだった。費やした時間を返してもらいたいくらいだ。


「宇宙人か。もしおまえがそうなら、結構、未来は開けているかもしれんな」

「な、なにを根拠に、そう言うんだ?」

「この世界においては、男も女も、年がら年中、四六時中、繁殖期だ。抱けばいい。犯せばいい。どういうかたちであれ家族を持ってみるといい。そうあればおまえは恐らく幸せな――」

「そういうことじゃないんだっ!!」


 うっとうしいくらいの大声が返ってきたのである。


「だったら宇宙人よ、どういうことなんだ?」

「俺にはその、妹がいて……」

「グレーゾーンのヘルスにでも通わせればいい。そのうち孕むことだろう」

「お、おまえは本気でそんなことを言ってるのか?」

「冗談を言っているつもりはない」

「うっ、ううぅぅ……」

「嫌なら死ね。死んでしまえ」

「だから、おまえはどうしてそこまで――」

「しょうもないことに付き合うつもりはないからだ」


 宇宙人は弱々しげな顔をして、俯いた。


「俺のことはいいんだ。でも、妹のことだけは、なんとかしてやりたい……っ」

「妹を幸せにしたところで、おまえにこれといった利益はないと考えるが?」

「それでも、妹に幸せになってほしいという気持ちは、フツウのことじゃないのか?」


 まったくもって、そのとおりである。

 だから強く出ようとしたところで、そうするのははばかられるわけだ。


「妹は?」

「は?」

「いや、美人なのかと思ってな」

「そ、そりゃあ、美人さ。宇宙で一番の美人さ」

「おまえ、宇宙という概念さえ持ち出せば、なんとかなると思っていないか?」

「それは否定、しない……」男は小さく答えた。「俺、別の星にいた記憶はあるんだけど、それだって、あやふやだし……」

「そもそもなにが悲しくて、このくだらん星にやってきたのかが不思議だ。おまえはマゾなのかもしれんな」

「それだけで済ませるのか?」

「そういうことだ。しかし、むしろ好感を抱いたよ。おまえは宇宙人で、なにかの理由で、この星に流れついたということなんだろう?」


 男は「そう言ってくれるニンゲンには初めて会った」と言い、おいおい泣いた。


「つまるところ、おまえはどうなりたいんだ? 妹をどうしたいんだ?」

「だから、俺はどうなったっていいんだ。ただ、妹には幸せになってほしいと思っているだけなんだ」

「まあ、立派な志とは言えるな」

「お世辞なんていいよ。でも――」

「宇宙人の苦悩、か……」

「そうなんだ……」

「おまえが日本語をしゃべれることも、おまえがここを訪れたことも、あるいは奇跡なんだろう」

「奇跡? だ、だったら――」

「まずは妹を連れてこい。人柄の真贋を見極め、場合によってはよくできた人物をあてがってやる」


 宇宙人――男はパッと顔を明るくして。


「頼む、頼む、お願いだ。俺のことはいいんだ。でも、妹だけは――」

「それはわかった。そうでなければ、協力などせん」


 男はしくしく泣く。


「最悪、貧乏でも、幸せならいいと思うんだ。俺はそう思うんだ」

「涙ぐましい意気込みだ。おまえに敬意を表したい」

「ほ、ほんとうか?」

「嘘など言わん」


 宇宙人の男は顔を俯け、おーいおいと大声で泣き始めたのだった。


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