十一ノ03
翌朝、よく眠れたなぁとあくびをしながら朝刊の記事を見ると、話が掲載されていた。「5歳の女の子、行方不明」とあった。ネットのニュースにも同様に。私は二度三度と頷いた。メディアの動きが思ったより早い。虐待の対象の「子ども」など要らないだろうと判断することはできる。だが、遺体となって見つかるようなことにでもなれば、「両親はなにをやっていたんだ」と、なるだろう。ポーズではあっても、警察に届けを出す必要があったというだけだ。
サキが「う、うぅぅん……」と愛らしいうめき声とともに、階段を下りてきた。「おねえちゃん、おはようございます」と頭を下げ、顔を上げるとにっこり笑う。
「腹は? 減っているか?」
「うんっ」
元気がいい返事というのは買える。
食パンと、目玉焼きとほうれん草のソテーを出してやった。「ほうれん草、苦手なのーっ」などという。「好き嫌いしていると大きくなれないぞ」と言ってやると、しゅんと肩をすぼめた。
「私ね? おねえちゃん――」
「わかっている。早く大人になりたいんだろう?」
「うん。大きくなって、力がついたら、おとうさんからもおかあさんからも、イジメられないでしょ?」
子どもにしか吐けないセリフだが、子どもが吐いていいセリフではない。私が「あーん」をしてやると、サキはほうれん草を食べた。ぎゅっと目を閉じ、「やっぱり苦い」と言うと、にこにこしながら咀嚼した。
「しかし、手は打たんといかんなぁ」
勘のいいガキだ。「やっぱり、私が行方不明になったから、騒ぎになっているの?」と察しのいいことを言った。
「このままだと、誘拐犯として、私は捕まってしまうだろうな」
「そ、そんなの、嫌っ」身体よりよっぽど大きなTシャツを着ているサキは立ち上がった。「すぐに出て行く。おねえちゃんは、大丈夫だからね?」
「私もそんなの嫌だと言っているんだ」
「で、でもっ」
「うまいことやってやる。だからおまえはまず朝食をたいらげろ。牛乳もきちんと飲め」
「う、うん。わかった……」
そのとき、黒いガラホ――ケータイが鳴ったのだった。
『おはよーです、鏡花さん、ご機嫌、いかがですかぁ?』
「そうか。おまえと連絡先を交換していたんだったな」
『えーっ、俺はあなたにとって、その程度の男なーん?』
「ちょうどよかったと言っている」
『あーらま、なんでしょ。って、ちょい待ち。連れが起きた。いいっ、痛い痛いっ! パーならまだしもグーでどつくなや!!』
「なんとも微笑ましい朝の一幕だな」
『そんなんちゃうんやって、ぐへっ!』
ボディブローでももらったような声がした。
「かけ直せ。待っている」
『えっ、ホンマに? 待っててくれんのん?』
「事情は少々、込み入っていてな」
『事情うんぬんはともかく、うっわ、嬉しっ。十分後にまたかけるわ』
「そうしろ」
きっちり十分後に――一秒と違わず、電話がかかってきた。
『あらためて、おっは、鏡花さん。事は終わった。一件落着』
「連れの女とやらはどうしたんだ?」
『イカせたったら、きっちり二度寝してくれたよ』
「なによりだ」
『えーっ、ちょっとくらい、悔しがってやぁ』
「用件だけ言う」
『はーい、はい、なんでしょ?』
私は「ガキの女を預かっている」とだけ告げた。ほんとうにそれだけしか告げなかったのだが、『ああ、知ってるよ。鏡花さんの家に囲われてるんやろうってことまで知ってる』などと答えてくれた。
「どうしてだ? なぜ知っている? まったく、気色悪い」
『女のコがおらんくなったっていう連絡は、親からはように入ってんよ。――で』
「――で?」
『あとはもう簡単。防犯カメラの映像から、鏡花さんちが割れたってわけ」
「防犯カメラか。思いもしなかったな」
『案外、鏡花さんは無防備なんや。せやから、心配しています』
わたしのことはどうだっていいんだよ。そう言って、吐息をついた、私。
「私は犯罪者である一方で、無罪なのかもしれないぞ?」
『それくらい、わかってる。せやさかい、警察の動きについては、俺が止めてるんや』
「ふぅん」つまらない状況に、私は鼻を鳴らした。「べつにかまわんぞ。警察には私がじきじきに説明してやろう」
『そない簡単なもんやないんやってば。連中にはウルトラCで動くなって言うてるんやってば』
「わかった。おまえの力は、どこまで続く?」
『女のコさえ見つかれば問題ないんよ。鏡花さんが手放せばええってこと。せやけど、なんや予想つくけど、そういうわけにもいかへんねやろ?』
そういうことだと答えた。
『虐待』
「そうだ」
『ほなら、段取りはつけなあかんね』
「世界の首脳が集まったところで事は決まらん。そういった事象だ」
『言うてる意味、ようわからへんねんけど?』
「私はすでにステークホルダーだ」
『それはようわかるよ。で、せやったら――』
「だから、私が直接、話をしたいと言っている」
『鏡花さんは子ども、生んだことないやん』
「本件とそれが、なにか関係があるのか?」
『うんにゃ。ないね』
「だろうが」
『警察には微動だにすなって言うとく。鏡花さんがくだんのガキんちょを家まで送り届ければ事件は解決――そないなふうに調整しとく』
「まったく、おまえは何者なんだ?」
さあね。
そう答えると、楡矢は簡単に通話を切った。