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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十一.そこになにがあるのか、それはわかっている
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十一ノ01

 茶の間の端に座り――すなわち店舗内に両脚を放り出し、その脚を組んでいた。いつものポジションである。店番を兼ねて暇潰しに読書をしているわけである。まだ午前中。夕方までは店を開けておこうと思う――ろくに客も来ないから、七面倒以外のなにものでもないのだが。


 膝にのせたノートパソコンを開き、自身のオンラインショップの様子――成果を確認する。我が家は一応、無線LANを導入している。無線LAN。いまでは通じない言葉だと耳にしたことがある。会社勤めだった当時、私は頻繁に使っていた単語であるのだが。いまは「Wi-Fi」というらしい。そんななんとなくの恨み節はともかく、無駄に分厚く、また高値で出品した書籍なのに、一万円で落札されたことに歓喜し――あるいは阿呆さを覚える。こういうことはままあり、それが私の貴重な収入源になっている。あとで配送の準備をしてやろう――と考えていた矢先に新たな注文。これは自信があった。新書のセットである。千円で仕入れたものが、やはり一万円で売れた。背表紙の焼けもなく状態はいい。そのへんを買ってもらえたのだろう。


 ノートパソコンを脇に置く。つまらないペーパーメディアの読書に戻る。店舗の出入り口――ガラスの引き戸が開いた音。顔を上げると、少女がいた。ただの少女ではない。五、六才にしか見えない、ほんとうに小さな少女だ。レース――ひらひらがついた浅葱色のワンピースを着ていて、その丈は長い。少女はとことこと店内を練り歩く。私はその様子を見ていた。するとそのうち、少女はレジ台を回り込み、私の目の前までやってきて。


「ねぇ、おねえさん、絵本は置いていないの?」


 幼いながらも、はっきりとした口調だった。私は心の中で感心し、うんうんと頷き、それから「ない」と無情にはっきり答えてやった。


「どうしてないの?」

「売れんからだ」

「売れないの?」

「そう言った」

「どうしておねえさんは男のヒトみたいにしゃべるの?」


 少女が一息でそう言ったのを受け、その様がなんだかおかしくて、私はつい口元を緩めてしまった。


「これが私なんだよ」

「よくわからないよ?」

「おまえごときガキにとっては、どうでもいいことだ」

「ガキ? ガキってなあに?」

「知らなくていい」


 少女は残念そうな顔をした。

 それにしても――。


「親はどうした? 人通りは少ないが、だからこそ、一人で出歩くのは危険だとも言えるんだぞ?」

「親は……いないの」


 私は訝しさに眉根を寄せた。


「ほんとうにいないのか? だったら、ここまでどうやって来たんだ?」

「電車に乗って、歩いて、それでここの駅で降りたの」

「だから、それはどうしてだ?」

「おねえさん、お金ならあげるから、私はここに住みたいです」


 私は今度は深い皺を眉間に寄せた。


「親がいないわけないだろう? 父親と母親がいるから、おまえは生まれてきたんだぞ?」

「そんなのわかってる。わかってるけど……」


 少女が泣きそうな顔をしたので、私は慌てた、それなりに。泣かれるとめんどくさいことになりかねないと思ったからだ。


 私は立ち上がり、両手を広げ、「来い」と言った。すると少女は小首をかしげ、不思議そうにしたのち、私の腹部のあたりに飛び込んできた。えーんえーんと泣いた。えーんえーんと泣いたのだった。


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