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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
十.強盗未遂のハゲオヤジ
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十ノ02

「話は聞いてやる。裏を返せば話くらいしか聞かんぞ」

「うぅ、ぅ……っ」


 絞り出すようにそう漏らすと、禿げでぶさいくなおっさん、大目に見て「ぶさくな」は言わないでやろう――は、小さくなり、涙を流したのだった。やはりこうなったか。予測はしていたのだ。悲しい世界に生きているおっさんなのだろう。だったら主張くらいは聞いてやってもいいのではないのか。ここのところ、私はほんとうに優しい。慈愛に満ちた女神のようだ。


「お、おまえに話を聞いてもらったところでなんになるんだ?」

「おい、わきまえろ。私に対しておまえなどという呼称を用いるな」

「そんなの傲慢だっ」

「だったら去れ。だが、そうした場合、ただで済むと思うな。警察に連絡を入れて容赦なく断罪してもらう」

「うぅぅっ」

「経緯を話せ。そうするほうが、幾分、おまえにとって有意義だ」

「……ごめんなさい」


 謝られたものだから、その情けなさに腹が立ち、私は立ち上がって男の頭をひっぱたいてやった。


「くだらん言葉を吐くな。おまえは男なんだろう? 男だと差別するつもりはないが、それでもおまえは男なんだろう?」


 涙で頬を濡らす、おっさん。おっさんと呼ぶことすらうっとうしくなってきた。禿げ頭の阿呆だと罵ってやりたい――そうしないのは、私がきっと大らかだからだ。とりあえず、私は椅子に座り直した。


「おっさんよ、なにがあったんだ?」

「妻にも娘にも見放されてしまって、それで……」

「それでもなにもないだろう? どうせおまえが情けなかったというだけだろう?」

「そうなんですけれど……」

「金」

「は、はい?」

「金に困っているのはどうしてだ?」


 すると、おっさんは肩をすぼめ、このうえなく情けない顔をして。


「べつに、お金には困っていないんです」

「強盗に入ったのにか?」

「ほんとうに、困っていないんです」

「ああ、なるほど。そういうことか」


 おっさんは目をぱちくりさせた。


「な、なにかわかったんですか?」

「おまえは投げやりなんだろう? だから見境のない行為に出た。捕まって刑務所に入りたいとか、くだらんこと吐く若造と同じだ?」

「それはいけないことでしょうか……?」


 私は腕を組み、忌々しい顔でおっさんを睨みつけた。おっさんがびくっと身を引く。弱気な男は大嫌いだ。


「死にたいのなら勝手にしろ。だがヒトに迷惑をかけるな。そんなの当然だろうが、くそったれ」

「くそったれ、とか……」


 男は右の前腕で目元を拭いながら、また泣き出してしまった。私は同情したりしない。阿呆には阿呆な結末が待っている。そういうことだ。


「馬鹿は馬鹿なりに価値があるものだと考えていた。おまえはその限りではないらしいな」

「そこまでひどく言わなくても……」

「いいや、おまえは阿呆で馬鹿でどうしようもない。自殺を勧める」

「そ、そこまでおっしゃるんですか?」

「年は? 幾つだ?」

「四十二です」

「だったら問答無用だ。悔しさを噛み締めて死んでしまえ」


 おっさん、再び著しく泣くのである。


「ですから、そこまで言わなくてもいいじゃないですかぁ……」

「いいや。おまえは死ぬべきだ。おまえが死んだところで、誰も影響は受けん」

「うぅっ、ううぅ……っ」

「まずはマスターに感謝しろ。強盗が押し入ったにもかかわらず、どこにも連絡しないでいるんだからな」

「そ、それはそうですね」おっさんは立ち上がり、カップを拭いているマスターにぺこぺこと頭を下げ、それから椅子に座り直した。「でも、やっぱりひどいと思います。死んだほうがいいだなんて……」

「阿呆か、おまえは。あるいは死を覚悟して、事に及んだんだろうが」

「ううっ」

「いいから死んでしまえ。気が向いたら葬式には顔を出してやる。その確率は限りなく低いが」


 いきなりだ。おっさんが勢い良く腰を上げた。「ホ、ホント、ひどいぞ、おまえ」などと右手の人差し指を向けてくる。「俺は凹んでるんだ! もうちょっと思いやってくれてもいいじゃないか!!」


 いよいよむかつき、私も立った。おっさんの左の頬を思いきり殴ってやった。おっさんは椅子ごと派手に後方へと倒れたのだった。


「だから、阿呆か。私がどうしておまえに思いやりをもって接してやらなくちゃならないんだ?」

「いいっ、痛いじゃないか」おっさんは驚いたように言い、殴られた頬を押さえている。「お、俺は苦労してきたんだ。誰よりも努力してきたんだ! 家族のために尽くしてきたんだ!!」

「だったら、どうして見捨てられたんだ?」

「そ、それはっ」

「私はそれなりに暇だ」

「え、えっ?」

「もう少し話を聞いてやると言っているんだよ」私は椅子に座った。「ぎりぎりの温情だ。それすら不満ならとっとと帰れ。死ね。もう生きるな」

「だ、だから、あんまりだぞ、おまえ」

「やはりおまえと呼ぶのか」私はキレそうになった。「次におまえ呼ばわりしたら殺す。なにがあっても殺す。私のことは敬え。絶対的に敬え」


 物分かりはいいのだ。おっさんは背を正すように「は、はいっ、わかりました!」と言い、再び敬語に切り替えた。だから許容してやろうと考えた。


「真面目に働いているようには見える。だったらどうしてつっけんどんにされるのか。ちゃんとした理由があるんだろう?」

「あ、あるんですけれど、とても話しづらいというか……」

「話せ」

「うぅ、話します。じつは(わたくし)めは……」


 どうせつまらん理由だろうと予感した私だった。


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