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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
九.オーバードーザー
33/158

九ノ03

「働きたくないっていうわけじゃないんです。ただ、働いていたときのショックが大きすぎて……」


 その考え自体、私は甘えだと断じたのだが、バッサリ斬ってしまうのは簡単だ。それを知ったうえで協力してやる必要が――協力してやる必要? 馬鹿な。俺様気質の私がどうして他人のために身を粉にせねばならんのか。それでも、青年のことがなんだか心に重石をのせてくるようで。どうしてだろう。やはり、気になってしまうということなのだろうか。アヴァンギャルドかつナンセンスな思い。この感情は一息には処理しがたい。ただ、ナンセンスだと続けたい。どう考えたって、馬鹿馬鹿しい事象だからだ。


 私は「働きたいのであれば、働けばいいだろうが」と、一般的なところでいう身も蓋もない言い方をした。なおも真っ青な顔をしている青年が、「やっぱりそうですよね。そうなんですよね」と弱々しいながらも合点がいったような態度を見せた。


「営業職において、おまえが理不尽な目に遭ったのはわかった。そもそも営業畑というのは、そういうものだからな」

「そうおっしゃるということは……」

「私がまだ俗世間と関係を持っていた折、そういった職も経験したんだよ」


 青年は「そうなんですか?」と目を大きくした。


「たくさん、セクハラに遭われたんじゃありませんか?」

「そうだな。自分と寝ろと言われたこともあるが、私は絶対的だ。誰にも指一本、触れさせなかったよ」

「尊いなあ」

「そうだよ。私は尊いんだ。会社とはいい大人が運営している組織だ。なのに、ヤらせろ、だ。猿みたいな中学生、あるいは腰を振るしか能がない高校生となんら変わらない。実際、上長が阿呆な営業事務の派遣と会議室で関係を持っているなんて話もあった。吐き気までは覚えなかったが、辟易もしなかったが、そして幻滅すらしなかったが、男も女もくだらんと思った。だから、早々に業務をほうり出して、会社に三下り半を突きつけてやったんだ。ああ、そうだ。私は大人というものに情けなさを感じたんだ」

「男らしい考え方だと思います」

「私自身、そう考える。だが、だが、言い方を変えれば、極端な話、男のみながみな、私を性的な身でしか見ていなかったということだ。どうだ? それもまた、醜い事実だとは思わんか?」

「確かに、そうですね」

「そうだよ。そうなんだ。だから、いま、場末の古書店なんかをやっていられることを幸せだと思っている」

「自らのスキルを活かした職に就くつもりはないというんですね?」

「馬鹿野郎が。おまえごときがむかつく質問をするな。いい加減、腹が立ってきたぞ」

「ごめんなさい」


 しんどそうながらも、青年は煎餅布団の上でしおらしく、納得したような顔をした。


「もう一つ、えっと、たくさんお願いをしているようなんですけれど、お願いです、僕に職を斡旋していただけませんか?」


 その文言を聞いて私は呆れ、一方で、こいつはなんて図太い奴なのだろうと感じた。


「倒れ、助けられた挙句、私に仕事の紹介まで望むのか」

「いけませんか?」

「いや、悪くない。最近の私は大らかなんでな」

「大らか?」

「まあいいということだ。しかし、まずは薬から抜け出せ。効能がどれだけ具体的でも、依存的なのは感心できん。私は薬のことなどよくわからんが、それをやめ、立ち上がろうとすれば、悪い結果は招かんはずだ」

「力強い言葉ですね」

「私はまともなんだよ。だから、まともな意見を言っているに過ぎん」

「お世話になります」

「そうだな。今一度言う。おまえは馬鹿なんだ」


 青年はまた、しくしくと泣き始めた。目尻から途方もない量の涙を覗かせる。「ありがとう、ありがとう」と言うものだから、複雑な気分になった。一応、頭上に浮かぶ漢字を確認した。


「情」の一字。


 自らのことを「情」けなく思っているのか、助けを得て「情」を感じているのか、そのあたりはわからない。わたしの能力は万能ではない。だがヒトについてすべてが見えてしまえば、それはそれでつまらないことだろう。


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