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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
一.ロケット猫
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一ノ02

 冴えわたらない思考回路を抱えたままの十七時。我が家の茶の間において、三人でちゃぶ台を囲んでいる。正座が二人。私はあぐら。虫の居所がなんとなく悪い。一日、雨に降られたせいだろうか。それくらいしか原因が思いつかないので、あるいは私は幸せ者なのかもしれない。


 頭の中に得体の知れない不安要素を飼っている――言うなれば、脳内に悪玉コレステロールのようなものを常駐させているニンゲンの心の血圧は著しく低いのではないか。そんなふうなことを匂わせてくれる論理的不健康児が、堂上どうがみさとだった。


 千鶴と外見が似た量産型女子高生の聡子はめそめそしくしくと泣き、出してやった緑茶にも手をつけない。冷める前に飲めと促しても、「申し訳ないので……」などと言った。状況から考えて、出涸らしであることを見抜かれたわけではないだろう。見抜かれていたところでかまいやしないが。


「聡子ちゃん、鏡花さんは優しいヒトだから、大丈夫なのです」


 千鶴はそうのたまうが、まだなにも話を聞かせてもらっていないのだから、なにを請け負うかも決まっていない。昨日、千鶴より得た情報から、「ジェロニモを探すのに手を貸してほしい」ことはわかっている。裏を返せばそれしかわからない。


「聡子なのだから聡子と呼ぶ」

「は、はいっ」


 頷きつつの返事だ。涙を拭うとしゃんとした目をした。瞳に宿る光は弱くない。案外、前向きな少女なのかもしれないと、若干、評価を改める必要があった。


「問おう。ジェロニモがいなくなるのは、今回が初めてなのか?」

「そうです。散歩はします。でも、必ず毎日帰ってきました」

「交通事故に遭ったのかもしれない」

「そうではないと信じたいです」


 それはそうだろう。

 私は右の人差し指でコツコツとちゃぶ台を叩いた。


「考えなしに来たのか?」

「えっ」

「訊き方を変える。ジェロニモがいなくなる理由について、心当たりはないのか?」

「それが……あるんです」


 千鶴が「えっ、あるの?」と驚いたような声を発した。


「結論、あるいは結論に近しい箇所から話せるよう懸命に努力しろ。私を除いた人類に怠慢など許されん」


 私の強い口調は聡子の背をぴしっと正してみせた。


「え、えっと、ジェロニモは首からロケットを提げていて……細くて小さな銀色の筒のことです。住所と電話番号を書いた紙を中に入れてあるんです。迷子になっても大丈夫なように」


 私は二度三度と小さく頷いた。


「そのうえで帰ってこないのだとすれば、少なくとも親切なヒトにはめぐり会えていないということだな」

「あ、あのっ」

「死にたくなければいちいち吃るな。時間の無駄だ」

「ごめんなさい……」


 聡子はしゅんと、申し訳なさそうに肩をすぼめた。


「先を話せ」

「じつは、入っている紙は一枚だけじゃないんです。もう一枚、あるんです」

「二枚目にはなにが書かれているんだ?」

「本家にある金庫の解錠方法です。ダイヤル式で、とても大きいです。曾祖父が残した遺産が入っています」

「なんともいかめしく、また仰々しい話だな」


 私は目を閉じ、小さく肩をすくめた。金持ちだと聞いた。それこそ資産価値の高いさまざまな物品が収められているのだろう。


「どうして猫のロケットにそんなものを保管してあるのか。その点はあえて問わん。解せはせんが、伝統かなにかなんだろう。話が見えてきた」


 千鶴が「えっ、そうなのですか?」と声を上げた。勘も察しも悪い奴だ。腹立たしい。後で足腰が立たなくなるまで折檻してやろうと思う。


「聡子、おまえはジェロニモが誰かに捕らわれたと考えているんだな?」

「そ、そうです」


 ぎこちない返事をした聡子。いちいちたどたどしいのでキツいデコピンをお見舞いしてやりたくなったが我慢した。


「紙の存在を知る者は?」

「堂上の名を持つニンゲンなら知っています」

「何人いるんだ?」

「正確な数はちょっと……。でも、結構、います」

「イレギュラーは?」

「あるかもしれません」

「おまえの父親は長男か?」

「いえ。次男です」


 私は能力をオン――にしない。嘘をついていたとしても、漢字一文字の感情だけでは判断のしようがないからだ。まあ、聡子が虚偽を言う理由は現状見当たらず、だから考えをめぐらすにも一本道で行ける。


 聡子は「家族も親戚も、みんなジェロニモが大好きです。とてもかわいいので」と言い、照れ臭そうな表情を浮かべると、続いてなにかに気づいたように「あっ」と声を上げた。「えっと、でも、これは関係あるのかな……」と首をかしげる。


「なんでもいい。言ってみろ」

「ジェロニモは家族以外のニンゲンには身体を触らせません」


 私は組んでいた腕を解き、「それは要らん情報だ」と断言して、ちゃぶ台に左の頬杖をついた。「重要なのは紙の存在とその内容を知っているニンゲンだ。それ以外の要素は無視していい」


 千鶴が「知っているニンゲンで、あと、この近所に住んでいるヒトですよね?」と割り込んできた。黙っていろと注意したいが、話を進めてやることにする――つくづく私は優しい。


「近所に住んでいるとは限らん。それくらいわからんか?」

「可能性の問題なのですよ」


 生意気かつ小癪なことを言ってくれる。やはりあとで穴という穴を徹底的に攻め抜いてやる必要があるようだ。太い棒を使ってやろう。


 聡子はまたなにか閃いたのか「あっ」と発した――のだが、「でも、それはないよね……」となにやら一人で納得したようだった。


「聡子、話せ」

「近所に一人だけ、紙のことを知っているヒトが、親戚がいました」

「いました?」

「父の姉です。でも、去年、亡くなったんです」

「結婚は?」

「伯母ですか?」

「それ以外に誰がいる?」

「旦那様はいます」

「子どもは?」

「二人です。女性です。一人は来年高校受験を、もう一人は大学受験を控えています」

「わかった。理解した。だいたい掴めた」

「えっ、もうですか?」

「伯母は家族を深く愛していて、おしゃべり好きなところがあった。楽観的な性格でありながら、心配性の一面もあった。そして、なにより優しかった。無論、悪い評判など立ちようはずもなかった」


 聡子は目をぱちくりさせた。


「どうして、わかったんですか……?」


 ふんと鼻を鳴らした私は「大人だからだよ」と煙に巻いてやった。もうそろそろ阿呆であることを自認してもいい頃合いのガキ二人は顔を見合わせた。とろくさい思考回路には吐き気しか覚えない。オンにして見てやると、吹き出しの中の文字はどちらも「驚」だった。雛型ありきのニンゲンの性能など高が知れていることの証左だ。ヒトはワンオフに限る。みんながみんなオンリー・ワン? 幻想だ、そんなもの。事実は常に無情で殺伐としているし、そうあってしかるべきだ。馴れ合いはくそったれだとしておく。


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