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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
八.北風と太陽
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八ノ01

 私自身、私の人生がどこまで続くかわからないし、また人生においてどういった出会いと別れがあるのか予想もつかない。それで良いのだと考える。先がわかってしまうとつまらないし、つまらない人生になど身をゆだねなくてもいいからだ。


 漫画の話をしよう。


 漫画は我が古書店――「はがくれ」には置いていない。漫画、漫画、漫画、漫画だ。書物において世の中で多くの目を集めるのは、やはり当該ジャンルの品だろう。気楽に気軽に立ち読み感覚で読める。値段もそう高くない。ただ単価の面ではそれはそれでそうなのだろうから、かなりの売れ筋でなければ、印税の面で作者殿らは憂き目に遭っているのかもしれない――が、とにかく数が生産されればそうはならないわけで、世の中にはほんの一握りだけ、そんなニンゲンは確実に存在するのだろう。言ってみれば勝ち組だ。社会的な面においてそいつらにどれだけの意味合いがあるのかは知らんが、知ろうとも思わんが


 漫画の話を続けよう。


 私は漫画を読めない。読まないのではない。読めないのだ。絵と文字を一緒に見なければならないからとか、そういうことではない。私は小説を読むのも苦手だったりする。やはりそれは、つまらないと感じているからだ。絵を交えてだとわかりやすく、語句だけとなると想像力を働かせるしかないという特徴、性質自体はよく理解している。それでもおもしろいと感じられないのは――私の趣味嗜好、個性がひん曲がっているせいなのかもしれない――が、そういった一面はほうっておいてもらいたい。私は悪くない。世の作家どもが無能なのだ。そんな私の世界を壊してくれるやからとめぐり合わないだろうか。もしそうなったら、私はそいつを愛するかもしれない。――嘘だ。結婚するなら、女がいい。めんどくさがりの私の世話をせいぜい焼いてもらいたい。そう考えている以上、私にも喉仏ができてもよいのではないか。どうでもいい話だが。


 ――その日、両性愛者の女子高生――セーラー服姿の千鶴が、私にぜひ読んでもらいたいと言い、一つ、小説を持ってきたのである。個性的なのかそうではないのかまるっきりわからないタイトルで、それは一息には頭に入ってこない。愚作なのだろう判断した。したのだが――。


「この作家さんは異色なのですよ」と言う。「なぜならそれは、たった一社からしか小説を出していないからなのですよ」などと千鶴はのたまう。


 少々謎めいた話なので、当然、私は眉根を寄せたわけだ。


「そんなの、儲からんだろう?」

「恐らくなのですが、一社だけから出すという縛りがあるからこそ、その一社は一定のリソースを費やすことだけで済むのだと思われるのです」

「そのやり方だと賞レースには参加できん。それくらい、阿呆でもわかる」

「賞レースで勝つことと利益が得られること、どちらのほうが、賢いのでしょうか?」


 私は目を閉じ肩をすくめて、「それはまあ、後者だな」と答えた。「どれだけ素晴らしい作品であろうと、ヒトの目に留まらなければ意味がない。そういう視点から言うと、その作家は賢い、となる。だがしかし、本の執筆など作者の自慰的思考が成せるわざだ。それ以上でもそれ以下でもないし、そこには需要と供給のオナニーがあるだけなんだよ」


 不愉快そうな顔をしたのだが、そう受け答えされるのを予想してもいたのだろう。わざとらしくあざとく、千鶴は「ぶぅ」と口を尖らせると、すぐに笑みに切り替えた。


「鏡花さんなら、そんなふうにおっしゃるだろうと思っていました。鏡花さんはエッセイストになるべきなのです。常におもしろい発言をされるのですから」

「物書きは馬鹿の集まりだ。それこそ、自慰なんだよ」

「文学なんかも、そうなのでしょうか」

「そのテーマについては以前、議論しただろう? 文学を書いているつもりであるニンゲンは少なくない。ただ、実際に書いているのは少数だ。そこに真贋を問うニンゲンがいるとするなら、私はそのニンゲンを容赦なく区別し侮蔑する」


 しかし、「でも、この本については読んでいただき、ぜひともご感想を聞きたいのです」と千鶴は言い、私はこの両性愛者のガキが嫌いではないものだから、新書版ほどのスケールの一冊を受け取った。


「なるほど。作者の名が回文になっているな」

「うげげっ」と、らしからぬ声を発した千鶴である。「そんなこと、一瞬でわかるものなのですか?!」

「馬鹿か、おまえは。それくらい誰にでもわかる」

「やっぱり鏡花さんはスゴいです。超越者なのです!」

「お世辞を言われたところで喜ばん」私は「もはや底が知れた。やはり読まん」と宣言し、本を返した。千鶴が残念そうな顔をしたことは言うまでもない。

「えぇーっ。そうおっしゃらずなのですよぅ」

「おまえの感想くらいは聞いてやってもいい。それだけに留める」


 しょんぼりした、千鶴。

 首をもたげ、心底といった具合に、無念そうな表情を浮かべる。


「鏡花さん、私、近いうちに手術を受けるのです」


 眉をひそめた私である。


「手術? なんの手術だ?」

「腫瘍なのです。脳にできているそうなのです」

「ほんとうか?」気が気でなくなった。「脳だと、大手術になるんじゃないのか?」

「成功するそうです。だから、怖がらなくてよいそうです」

「とはいえ……まったく、災難だな」


 すると千鶴は笑い、べーっと舌を出して。


「冗談なのですよ、鏡花さん」


 その可能性も思慮に含んでいたのだが、いざそう言われてみると、怒りたくなった。それが千鶴の手の内だとわかっているのだから、怒ったりはしないのだが。それでもレジ台を回り込んで、頭をひっぱたくくらいはしてやったのだが。「てへへ」と嬉しそうな千鶴である。マゾい話だ。


「本を読んでいただけませんか? 目を通していただくだけで、私は嬉しいのです」

「つまらんの一言で済ませてしまうかもしれんが?」

「それはそれで良いのです。私としては、鏡花さんと雑談できるネタが欲しいだけであって」


 くだんの新書サイズの本を手にしている。うーんと首をかしげる。表紙にアニメっぽい絵が描かれているのだが――ぱらぱらとめくってみたのが、挿絵まである。これはそれこそいわゆるライトノベルというものではないのか。だったら読み終えたところでむなしさだけを覚えることだろう。ライトノベルに対する私の印象なんて、そんなものだ。量産型で明日も明後日も見ない。書物としての価値がまるでない。それでも値段だけは高いのだ。やり切れない話である。


「明日、また来ますですよ。それまでに読み終えていてください。なにせ鏡花さんです。できますよね?」

「これはなにかのシリーズの数作目だろう? 一作目から読ませてはもらえないのか?」

「確かに二作目です。これがおもしろいから、オススメしているのです」

「わかった。やむを得ん。読んでやろう」


 すると千鶴は「わぁ」とまあるい声を出し。「ありがとうございます」を二回くり返し。


「しかし、ライトノベル然としているのは、やはり嫌だな。私の興味を著しく削いでくれる」


 アニメアニメした少女の表紙を見ているうちに、なんだか腹が立ってきた。あるまじき行為かも知れないが、ついに私は気が変わり、早速「どう考えたって、許せん」と本を地面に叩きつけてやった次第である。


「えーっ、どうしても気に入らないのですかぁ?」千鶴はそう言い、拾い上げた本の埃を右手で払った。「しかし、大丈夫なのです。本命はこちらなのです」


 千鶴がスクールバッグから、新しい新書サイズの品物を出してた。


「タイトルが素敵だと思いませんか?」

「無駄に凝っている。好きになれそうにないな」

「それでも、読んでほしいのです。この作家さんは重版童貞と言われているのですが、だからこそ、おもしろいのです」

「どんな内容なのか、見当もつかんな」

「そこが良いのです。いかがですか? 興味が湧いてきたのではありませんか?」

「わかった。こっちならいい。明日までに読んでおく。つまらん内容だったら、その限りではないがな」

「お願いいたしますなのです」


 千鶴はぺこりと頭を下げ、もう一度「お願いしますね」と言い、去っていった。


 恐らく、しょうもないものではないはずだ。

 書名がその旨、キツく物語っている。


 そんなもの、読んだところで有意義ではないのだろうが、あいにく私は暇を持て余している。だからまあそうでいいし、そういうことなのだろう。


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