七ノ04
依頼から二日と経たないうちに、楡矢がやってきた。いつもは赤いジャケットに茶色いレンズの大きなサングラスといった具合に胡散臭さと派手さ満載なのだが、今日はグレーの地味なスーツに身を包んでいる。サングラスの代わりに細いフレームの縁なし眼鏡。「信用されよう思たら、真面目な恰好せなね」ということらしい。阿呆ではないようだ。馬鹿でもないようだ。だからこそ、なにか知りたい情報、あるいは面倒事が生じた場合、頼りになる――かもしれないと踏んでいるわけだが。
「イジメやよ」楡矢は前触れなく言い、茶碗を取り、今日はちょうどいいで塩梅あろう緑茶をすすった。事実、「今日のお茶はおいしいね」と言った。
「やはりそんなしょうもなくてどうでもいい理由、か……」私は上を向いて、目を閉じた。「予測はしていたんだよ。というより、そんなふうに予測するしかなかったんだ」
「ま、そうやろうね。俺かてそないなふうに考えてたもん」
「どうやって調べたんだ?」
「いまの俺、なんに見える?」
「さあな。だが、たとえば探偵だろう」
「うん。そんな感じ。同級生のこと洗って得た情報やよ。一年も前から続いてて、それはもう根深くて執拗なもんやったらしい」楡矢は「怖い怖い」と言って、肩をすぼめた。「世の中、大人よりガキのほうがずっと残酷や。今回の一件は、その証左やな」
「なにが原因で、イジメられていたんだ?」
「そこんとこが明確やなかったもんやから、よけいに怖くなったっちゅう話」
「そんなよくわからない理由で、タカシは――」
「ああ、他殺やったよ。それは間違いない」
「水深が浅いどぶ川だ。突き落とされたときに、頭でも打ったんだろう?」
「そうやよ。そのとおり」
「犯人はどうなる?」
「んなこと言うまでもないやろ。捕まっても、すぐに出てくるわいさ」
私はのんびりとした口調で「やり切れんなぁ」と言い、楡矢からの「そこまで言うくらいなら、なんとしても理由、聞いとくべきやったんちゃう?」と質問を受けた。
「しかし、タカシは男だろう?」
「それで、遠慮したん?」
「そうだ。タカシの顔、表情は、ほうっておいてくれって言っていたんだ。それなりに力強いものだったんだ」
「ま、それはわからんでもないな。せやけど、やっぱ打ち明けとくべきやったんや。死んでしもたら、なーんも残らへん」
「楡矢、それは違うぞ」
「えっ、せやろか?」
「少なくとも、私の心には残った。惜しい人物を亡くした。タカシはほんとうに、おもしろいニンゲンだったんだよ」
後ろに両手をついた楡矢。「せやったら、鏡花さんの言うとおりやね。なにせあなたが認めたんや。俺が愛してやまんあなたがね」
「今日は冗談にツッコミを入れる気にはなれん」
「ええよ。そのへん、予想したうえで言うてるから」
「ありがとうと言っておく」
「役に立ててよかったわ。ほなね。また来るわぁ」
――間もなくして、タカシの葬儀が行われた。長らく着ていなかった喪服を箪笥からひっぱり出し、私は参列した。両親は泣いていた。それはそうだ。あたりまえだ。きょうだいはいないようだったし、だからこそ、大切に大切にされていたのだろう。
楡矢が言ったとおり、頭の上に「悲」の文字が見えたことについて、もっと追求すべきだった――否、なにを考えているのかわからず、また底が知れない私になにかを話すことは、結局、なかったのかもしれない。それでも残念だ。この街は、この国は、この星は、途方もないくらいの損失を被ったような気がしてならない。
私はタカシの遺影を拝んでも、涙一つ、流さなかった。残念に思ったことは事実だが、冷淡で冷酷な私の両の瞳は尊い液体を知らないのだ。ただ、一度くらい、抱き締めてやってもよかったな――あるいは、抱き締めてやりたかったなと思った。タカシが愛おしい存在であったことは間違いない。
親族にはろくに頭も下げず、私は場を立ち去った。無礼に映ったかもしれないが、それが私だ。
じゃあな、タカシ。
またどこかで会おう。