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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
七.ほんとうの悲しみを知るにあたり
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七ノ03

 楡矢が来た。呼んだわけではない。気まぐれにふらりと寄っただけだろう。店は開けたまま、声がすればレジに顔を出せばいいといった感じで、茶の間に迎え入れてやった。正直、私は茫然としている。緑茶を出してやると、それをすすった楡矢が「うわっ! にっが!」と、でかい声を出した。どうやら分量を間違ったらしい。分量。そうだ、分量だ。正しいそれがわからないくらい、私の精神はある種の疲労を感じている。


 ちゃぶ台に茶碗を置いた、楡矢。奴さんはなぜだか正座している。ようやくあぐらに切り替えた。いつものことながら、よくわからない男だ。だからこそうまいコーヒーみたいな深みがあるのだろう――なんて褒めたところで見返りなどありえないことはわかっているのだが、それでも今日の私はなんだか変で、ため息ばかりをついていて、だからそのへんにツッコミを入れるような格好で、楡矢に「どないかしたん?」と訊ねられたのだった。


「私だって、新聞くらいは読むんだよ」

「右派? それとも左派?」

「中道だと信じている」

「俺も惰性で読んでるけど、なんや、気になる記事でもあったん?」


 頭痛を感じ、私は右手を額にやった。俯き、首を横に振る。


「深刻そうやね。教えたってや」


 私は口をへの字に結び、それから「知り合いが亡くなったんだ」と率直かつ端的に述べた。


「知り合い? 嘘やん。死んだからがっかりする。鏡花さんにはそないな友だち、おらんはずや」

「なにをソースとして、そんなことを言っているんだ?」

「ごもっとも。んで、誰が涅槃を見たんさ?」

「とある中学生だ。私は彼のことを気に入っていた」

「ああ、それってひょっとして、タカシくんいう男のコのこと」

「そうだ。タカシくんだ」


 長い吐息をつき。


「へぇ。そんな奴と知り合いやったんや?」

「ペンギン・ハイウェイ。知っているか?」

「知ってんで。小説やろ? おもろいもんやった」

「読んだのか?」

「うん、読んだ。歯科助手のおねえさんがエロかった」

「阿保か、おまえは」

「うん、阿保です、あははははっ」

「タカシは私のことを、イルカのようにしなやかだと言ってくれた」

「そうやね。確かに鏡花さんにはそないなところがあるわ」


 納得、あるいは感心したように、楡矢は二度、三度と頷いた。


「調査をしてもらえないか?」

「ん、調査?」

「そうだ。タカシはどうしてどぶ川なんて冷たく汚いところで死ななければならなかったのか、そのへんを知りたいんだ」

「ほぅほぅ。タカシくんとやらは、鏡花さんの心にそこまで食い込んでたんか」

「妬けるか?」

「妬けるけど、それよりその彼がなんで死んでしもたんか、そこには俺も若干の興味はあるね」

「そのうち詳細はわかるのかもしれん。だが、万一、わからん可能性もあるんじゃないのか?」

「あーれれ、鏡花さん、ニッポンの警察は無能やないんやで?」

「それでも、頼みたい」


 見つめ合う。


「しゃあないな。ちゅうか、鏡花さんのお願いやったら、はなから断れへんねや。そうである以上、鏡花さんは卑怯やとも言えるな」

「何でも屋だったか。そんなおまえを、私は結構、信用しているんだぞ」

「わこた。信頼に応えてみせるよってに」

「報酬は? おまえと寝ればいいのか?」

「そんなん要らんわ。まあ、任せときぃや」

「すまん」

「せやさかい、謝るなんてらしくないって。お茶、じつに苦かったわ」ホンマにスゴいなタカシくんと楡矢は言い。「大方、見当はついてる。くどいような確認やけど、タカシくんはメッチャええコやったんやろ?」

「それは間違いない」

「そういう男のコが失われる理由。それを証明するだけのことになると思う」


 楡矢は茶の間から出て、店舗の出入り口から去ったいった。タカシの死の原因については答えが出ていると思えたからこそ、当該事象についてはとてもつらいように感じられた。


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