六ノ03
吊り橋効果のようなものであるいは手をつないで現れてもいいと期待していたのだが、仁も琴美ももじもじしながら訪ねてきた。その時点で好き合っていることは明白なのだが、やはりきっかけが必要だということなのだろう。恋愛経験に乏しい――もっと言うと男に惚れたたことがない私でも、それくらいは理解できる。時間は十八時。なにをまごつきうだうだやっていたのかと問い詰めたくもならないことはないが、むしろちょうどいい時間だったりするので、店を閉め、表に出た。「鏡花さん、こんばんはーっ」とか、「鏡花さん、今日も美人だねぇ」などと近隣の住民から声をかけられる。無論、望んでのことではないのだが、私は時折、自分は商店街のマスコットかなにかなのではないのかと思わされることがある。
私が「行くぞ」と言うと、仁も琴美もきょとんとした表情を向けてきた。「ど、どこにですか?」と、どもりつつ訊ねてきたのは仁である。驚いた。短いあいだに目上の人物に対して敬語が使えるようになったらしい。感心すべき少年だと評価をあらためておこうと考える。
私は「近所に居酒屋がある。そこで話そう」と次の句を紡いだ。
「えっ」今度は琴美が声を上げた。「い、居酒屋なんて、私たち、高校生ですよ?」
「酒を飲めなどと誰が言うか。親にもきちんと遅くなると伝えてきたんだろう?」
「それは、そうですけど……」
「お、俺も言ってきましたけど、お金はそんなに――」
「遅くなって文句を言われるようであれば、私が謝罪しよう。でもって馬鹿者、ガキから金など徴収するか」
仁と琴美の「いいんですか?」という声が重なった。私は「ついてこい」とだけ答え、先を行き始める。
――目当ての店に着いた。相変わらず、パッとしない商店街にふさわしいパッとしない店だ。客もまばら。バイトくんであろう茶髪の青年は制服姿の高校生二人を見て訝しむようなところを見せたが、私が「早いところ通してもらいたいんだが」とイラついたように言うと、席に案内してくれた。四人用のボックス席である。私は一人で座り、向かいには仁と琴美に着席してもらった。当方は焼酎のお湯割りを、ガキ二名はウーロン茶を注文した。
飲み物が運ばれてきてからしばらく経って、焼き鳥の盛り合わせとこまいの焼き物とエイヒレがやってきた。あまり贅沢をするつもりはない。高校生ごときにあまり贅沢もさせるつもりもない。
二人はもじもじしている。もじもじするのが好きなのだろうか――そうでないことくらいは、聡い私だ、理解している。「質素な料理だが、まあ食え」と促してやると、仁は串を大切そうに食べ、琴美はエイヒレを噛み始めたのだった。
「好きな者同士がなぜくっつきづらいのか、わかるかね?」と私は訊き、それから琴美に倣って歯でエイヒレをしごき始めた。「それはおたがいが照れるからだ。ガキの時分にはそういったケースがことのほか多い――というのはまあ、私の持論でしかないが」
二匹のこまいをそれぞれ剥いてやって、二人の取り皿にのせてやった。魚臭くなった両手をおしぼりで拭う。
「たとえば、二人は純愛がお望みのようだ。違ったら言ってもらいたい」
二人とも下を向き、照れくさそうにする。
「長い時間、拘束するつもりはない。仁、おまえはどうなんだ?」
「お、俺は、その……」
「言え。はっきりしない男は大嫌いだ」
「うっ……」
「こういう場合、私は男が男らしさを見せるものだと判断している」
「うっ、うぅぅ……」
私は「言え。ちゃんと言え」と促す。すると仁は目をぎゅっとつむり、それから意を決したように目を開け――なぜか私のほうを見ながら、「俺は琴美さんのことが好きです!」と言い放った。琴美の頬がぽっと赤くなる。「それは結構」と微笑み、それから「おまえはどうなんだ?」と琴美に訊ねた。私はお湯割りをずずっとすする。
「私も好きです」と琴美は答えた。しかし、「好きなんですけど……」と但し書きがあるようなことを言った。「仁くん、モテるから……」ということらしかった。すでに「琴美さん」、「仁くん」と呼んでいるのだから、さしたる問題などないように思えるのだが、そういうわけにもいかない――らしい。
「お、俺がモテたらダメなの?」
そう訊くあたり、仁は阿呆だと言える。思慮深さというものを、母親の子宮にでも忘れてきたのではないだろうか。
「琴美はな、おまえがモテるから――」
「あっ、心配なんですか?」
「そうじゃない」私は額に右手をやり、ゆるゆると首を横に振った。「おまえは琴美が好きなわけだ。両思いであるわけだ。そして、おまえはモテるわけだ。要するに、おまえとくっついたら、いわれのないイジメ的行為に遭うかもしれないと、恐れているんだよ」
「えっ」と驚いたように発すると、仁は琴美のほうを向き。「そうなの?」と訊き。
琴美は小さく頷いた。まったく、仁の勘の悪さには辟易したくなる。そのへんの鈍感さも含め、琴美は好きなのかもしれないが――。
「そんなの、大丈夫だよ。俺がなんとでもするから」
ここに来て、かなり男らしいセリフである。馬鹿ではあっても優しさは持ち合わせているらしい。
「お、俺の夢ってさ――」
「夢?」
「そう、夢。かわいい恋人と、登下校をすることなんだ」
目をぱちくりとしばたいたのち、一転、琴美はクスクスと笑い出し。
「小さな夢だね」
「俺としては、大きな夢だよ」
「そうなの?」
「うん。絶対に、そう」
うまく行きそうじゃないか。
私はそう言って笑った。
二人とも、恐縮したように肩をすぼめ、顔を真っ赤に染める。
二人の「ありがとうございました」がシンクロした。
「私はなにもしていない。おまえたちが勝ち取った結果だ。誇ったらいい」
二人とも泣きそうな顔をする。
私は用意してきたクラッカーのひもを引っ張った。
パァンッと音を立て、それは二人を祝福した。
二人の漢字は「照」だった。
なんとも愛らしい話ではないか。
若いとは、もうそれだけで正義なのだろう。




