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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
六.男はやはり胸なのか
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六ノ02

 ――「はがくれ」の店内にて、私は第一声、「問題のLDKから、女の胸が好きだという話を耳にした。そして、好意の対象がおまえだと聞いたんだ」と身も蓋もないことを言い放った。


「えっ、ええぇ!?」ブレザー姿の女子おなごは驚き――それはまあ、至極当然のことと言えるのだが、「問題のLDKって、誰がそんなふうに言ったんですか?」と目を大きくして訊いてきた。利発そうな瞳だ。まんまると大きい。ついでに胸もまんまると大きい。巨乳の域を優に超越していると言っていい。それでも到底、私には及ばないのだが。私は"爆"の遥か上を行く。舐めるなという話だ。


「だ、誰なんですか? 誰が私に好意を……?」

「それがわからんほど阿呆なのか? ここにディレクションした男子が一匹、いたはずだ」

「それはそうですけれど、えっと、でも、一応、名前を確認したくて……」


 私は「ああ、悪い。その点、訊くのを忘れていた」と正直に答えた。


「そそ、そうなんですか?」

「ほんとうに名は知らないんだ。ただ、しゅっとした少年ではあった。どうあれ私からすれば、高校生など量産型のガキに過ぎないんだが」

「私は……」

「なんだ? なにかあるのか?」


 すると少女は、ぽっと赤い顔をして。


「だって、ヒトに好きになってもらえるなんて、初めてのことだから……」


 私は眉をひそめた。そんなわけはあるまい。ただでさえエロい身体をしているのだ。ヤりたいと思っている男はいることだろうし、もっとスケベなことを考えているやからだって少なくないだろう。まあ、その現象が「モテている」と言えるのかどうかはきわどいところだが。


「私は、私は……っ」

「わかっている。わかる話でもある。あまり乳房のことを気にしすぎるな」

「ちちっ、乳房とかっ!?」

「じゃあ、おっぱいか?」

「おおっ、おっぱいとか!?」

「心に従ったらいい。おまえがいいと思ったら、その男が正解なんだよ。若さを無駄にするな。そういう考え方を、私は推奨し、また尊重する」


 少女は目にじわりと涙を浮かべ。


「やっぱりそうなんですね。ジンくんって言うんですけれど、今日はなんだかおかしかったんです。ぜひ、ここを訪ねてくれ、って……」

「ジンくん、漢字は?」

「仁義の仁で、仁くんです」

「言うことを聞いてここを訪ねてくるあたり、おまえは仁くんとやらが嫌いではないんだな?」

「わかるんですか?」少女は目をぱちくりさせた。「どうしてわかるんですか?」


 この少女はよほど阿呆らしい。頼まれて簡単に従ったわけだ。――阿呆は撤回してやろう。かなり素直な女なのだろう。


「再度、言う。仁くんとやらは、おまえのことを好きなんだよ」

「さすがに、それはわかりましたけれど……」

「おまえの豊満な胸を揉みしだきたいんだろう」

「ひゃ、ひゃぁっ!」


 上げた声があまりに滑稽なので、だから私はクスリとしてしまった。育ちがよさそうなところが窺えるのだ。実際、家はそれなりに裕福なのではないのか。気品というものも感じられる。初心でもあるのだろう。


「どうしたらいいんだろう……」少女は弱々しくそう発し、果ては泣きそうな顔をした。「どうしたらいいと思われますか?」と訊いてくることから自主性のなさが知れるが、嫌な感じはしない。年頃の娘らしい苦悩と言える。


「おまえの名を訊いていなかった。なんというんだ?」

「コトミです。コトミといいます。お琴の琴に、美しい、です」

「私は鏡花という。よろしくな」

「は、はいっ。よろしくお願いしますっ」


 琴美はぺこりと頭を下げた。長い黒髪はきれいだ。つくづくそう思う。――それ以外の感想を抱いたりはしない。尖った氷のように冷たい私である。


「琴美、もうなにも言うな。仁くんに身体をくれてやれ」

「そそ、そんな、簡単に!」

「ただし、セーフセックスだぞ」

「ひゃあっ! ひゃあぁっ!!」

「なにが、ひゃあっ、なんだ?」琴美のリアクションはいちいちおもしろい。「いいじゃないか。減るもんでもないだろう?」

「へっ、減ります!」

「ほぅ。なにがだ?」

「きっと自尊心が減ります!」


 なんとも興味深いことを述べる少女である。


「そうだと言えるかもしれないな。私は経験したことがないが」

「それは、鏡花さんが幸せな、えっと、それしかしてないから……」

「驚かせてやろう。私は生娘だ」

「えっ」

「処女なんだよ」


 すると琴美はまた「ひゃっ! ひゃあぁっ!」と素っ頓狂な言葉を発し。「そんなの嘘です! 嘘です嘘です嘘です! あなたみたいに美しいヒトがヴァージンだなんて!!」

「ヴァージン、いい言葉だし、いい響きだな」

「嘘ですよね? 鏡花さん、嘘ですよね?」

「嘘を言って、私になんの得がある?」

「えっ、えぇぇーっ!」

「まあ、とにかくそういうことなんだよ。だからといって、同じ立場にあるニンゲンのことが理解できるとまでは言わないが」


 琴美はレジ台の向こうに立っているわけだが、またもや煮え切らない、憂鬱そうな顔をした。加えて、「私はどうしたらいいんでしょう……」と涙をこぼしそうになる。やはり馬鹿な女子高生であるようだと私は感じた。自分が進む道くらい、自分で決めるべきだからだ。


「好きか好きでないかだ。それ以外の判断材料は不要だ」

「あのっ」と幾分強い口調の琴美。「私、仁くんのこと、嫌いじゃないです!」

「嫌いか嫌いじゃないかを訊いているんじゃない。好きかどうかを訊ねているんだ」

「そ、それは……」

「私は乗りかかった船という言葉、概念が嫌いではない。最近、そんなふうに思えるようになった」

「えっ?」

「好き同士であることはわかった。あとはきっかけだけだ。仁くんを連れて、明日、またここを訪れろ。それくらいは可能だろう? なにせたがいを悪くは思っていないんだからな」


 また、ぽっと頬を染めた、琴美である。


「だ、大丈夫かな……。仁くん、いいって言ってくれるかな……」

「そのくらいはなんとかしろ。なんとかせんなら、私だってなにもしてやらん」


 少し思考する素振りを見せたのち、琴美は「はいっ。わかりました!」と大きく言った。


「何時くらいに来ればいいですか?」

「部活動は? やっていないのか?」

「文学部なんですけれど、活動は不定期なんです」

「ああ、文学部か。そうなのか。くそったれ。私はいま、おまえのことが嫌いになった」

「えっ、えぇーっ!」

「冗談だよ。親に遅くなる旨は伝えておけ。それくらいもできんか?」

「いえっ、できます。がんばります!」


 琴美は自分を勇気づけるようにして、胸の前で両の拳を握った。大げさな奴だ――まあいい。請け負った以上は、なんとかしてやろうと思う。


 ――頭上に浮かぶ琴美の漢字は、いまだに「迷」である。


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