六ノ01
男子が一人で我が古書店――「はがくれ」を訪れたのである。私は相も変わらず茶の間の端から店舗内に脚を投げ出し、その脚を組んでいるのである。視線を感じる。世間一般で言うところの美人であり、さらには胸が著しく巨大だからだろうと考え、「少年よ。私の美貌が気になるか?」と訊ねたのである。「美くしいだなんて思ってませんから!」、「胸が大きくてスゴいとか思っていませんから!」などと返ってきた。阿呆だ。自分から自分の好みを語っている。乳房の大きな女に目がないのだろう。それくらい、嫌でも判明した。
「まあいい、来たまえよ、少年。おしゃべりをしよう。なにか話があるんだろう?」
「そそ、それは――」
「緑のブレザー。DKか? あるいはLDKか?」
「くっ……LDKだっ」
「なれば大学受験に備えろと言いたいところだが、くり返す。まあ、こっちに来い。私は無意味かつ無暗にヒトの存在を蔑ろにしたりはしない――することもあるが」
「うっ、うう、ぅ……っ」
「来い」
私の言葉に従う格好で少年がレジにまでやってきた。LDKとは「ラスト男子高生」の略である。そう、略称であるらしい。高校三年生の男子ということである。どうでもいい事柄に違いないのだが、私はなぜだかそれを知っている。
「胸の大きな女が好きなんだな?」
「そ、そんなことないっ」
「だったら、どうしてなおもちらちら見ているんだ? 視線が刺さる私の胸はおまえのことを変態だとのたまっているぞ。よって、自分には素直であったほうがいいと助言したいわけだ」
「くっ……」
股間をおったてかねない欲求に抗いたい。
世の男どもが見習うべき少年である。
「そそっ、そんなことはいいんだ」
「だったら、なにを問いたいんだ?」
少年は渋い顔をし、それから無念そうに俯いた。そんなふうにしたのだから、なんらかの理由があるのだろうと判断する。実際少年は、「なにも気づいてないんだな。当然だけど……」と、それこそ残念そうに述べた。
「察するに、おまえは我が店にそれなりに足を運んでいたということか?」
「ああ、そうさ。そのことに、気づかなかったのか?」
「あいにく、私は客に興味がないのでな」
「て、店主なんだろ? なのに興味がないのか?」
「ないな」
「……くそっ」
「なぜむかついたような言葉を吐くんだ?」
「言い返せないのが、なんだかスゴく悔しいんだ」
「そのへん率直に謳えるのは愛おしい。おまえは尊いよ。それで、なんの用だ?」
「同じクラスに好きなコがいるんだ。告白、したいんだ……っ」
私はきょとんとしたあと、「はっはっはっ」と笑った。
「な、なにがおかしいんだよ!?」
「そういうことなら勝手にすればいいからだ。私を頼る必要などないはずだ」
「それは、そうなのかもしれないけれど……」
「私は無下にするし無情でもあるぞ。してみればいいとしか言わんさ」
「それができれば苦労しないわけで……」
「私を訪ねてきたあたり、そういうことなのか?」
「そうだよ。あんたみたいな美人に認められれば、勇気が出ると思ったんだ」
「当てずっぽうもいいところだな」
「や、やっぱりダメなのかな?」
私は「ダメだ」と言って、一つ、大きく頷いた。「特攻精神がなくてなんとする? カミカゼアタックだ。女を一人を手に入れようと思うなら、相応の行動、態度を見せなくてはダメだ。じつはその旨、おまえも心得ているんじゃないのか?」
少年は静かに俯いて。
「彼女のことが好きなんだ。その、なんていうか、その――」
「だから、わかった。一から百まで自分の物にしたいんだろう?」
「ダ、ダメかな?」
「その女子は著しくおっぱいが大きいんだな?」
「おおお、おっぱい!?」
「違うのか? 私に魅力を感じているんだ。だったら、そうだと断じたいんだが?」
「い、いや、違わない。違わないけれど」
「そういう女は自分に性的な視線を送られ贈られることを、ことのほか嫌う。そのあたりを考慮に入れて、接するべきだ」
「で、でも、俺はその――」
「やはり、おっぱいが好きだと言いたいのか?」
「そ、そんなこと、言ってないじゃないか!」
「わかった、もういい。おまえは尊いのかもしれないが、一方で女の胸が大好きな浅薄なニンゲンでもあるようだ」
「ぐぅ、ぐぅぐぐぐ……」
私は笑った。
からかってやり、思いどおりのリアクションがもたらされたことに笑った。
「おまえ、見た目は悪くないんだよ」
「だ、だったら――!」
「そうだ、突撃だ。当たって砕けろだ。後悔しないように準備をした上で、想いを伝えるといい」
「……でも」
「でも、なんだ?」
「だって、失敗したら、俺は軽蔑されてしまうだろうから……」
「弱気になるくらいなら大それたことを考えるな。ついでに私の乳房もあまり見るな」
「ちちちっ、乳房とかっ?!」
私はまた笑い、それから少年にたぶん色っぽいであろう目を向けた。その視線が堪えたのだろう、少年はどぎまぎするようにして身を引き。
「長話をするつもりなんだったら、椅子を寄越してやろうと考える。そうすることについて、私はやぶさかじゃあない」
すると少年は「い、いや、いいよ、悪いから」と答え。
「おっぱいが好きなのは理解した。だからといって、恥じることはない」
「そ、そんな具体的なこと、言っているつもりはないんだけど……」
「だったらあらためて訊こう。おまえが好きな女は、胸が小さくないのではないのか?」
「それは、まあ、はい……」
「おもしろい事象に突き当たった。その女を寄越してみろ。おまえは生真面目だ。やはり評価するに値する。そんなおまえにふさわしいのか、私自身が見極めてやる」
少年はあわわ、あわわといった具合に、戸惑った様子を見せ。
「い、いや。それは悪いというか……」
「ほぅ。あるいは私に無能なるレッテルを貼ってやろうというわけか」
「そういうわけじゃないんだ。ただ、迷惑をかけるのは、悪いよ……」
「この短い時間に、おまえのキャラクターはずいぶんと変わった」
「そそ、そうかな?」
「いいから立ち寄らせてみろ。おまえに合わないと感じたのであれば、きちんとそう言ってやる」
「合わないと判断されるのは、嫌だなぁ……」
「寄越せ。二度も言わせるな」
「わ、わかったよ」
話はまとまった。
私が強引にまとめたとも言うのだが。
それにしても、目上のニンゲンにタメ口を利くのはどうなのか。
その様を目の当たりにしても、癇癪を起こす私でもないのだが。