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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
五.スープカレー
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五ノ02

 ちゃぶ台の前には、緑のショートヘアにバイクスーツ姿のマキナが座っている。では私はというと、台所に立ち、そう深くはない鍋の中身を満遍なくかき混ぜているのである。


「鏡花ちん、いい匂いがするお」阿保みたいな時代遅れの萌え口調で、マキナは言った。「カレーなのかにゃ?」


 匂いから察してもらいたかったので、私は「それ以外になにがある?」と、つっけんどんな返事をした。


「どうして作ってるの? 食べさせてくれるの?」

「ああ」

「やっほぅ、やっりぃ。おなか、すいてるんだよねぇ」

「毒見を兼ねている。ありがたいよ」

「えっ、えっ? 毒見? そんなもの、兼ねないでよぅ」


 普段は味噌汁を入れる茶碗に、カレー――スープカレーをよそった。それを見るなりマキナは「お、おぉぉ、鏡花ちん、なんだか紫色なんですけれど? 魔女の料理のようなんですけれど?」と不安そうに語った。


「色は重要ではない。そうでなくとも、うまいものをかき混ぜた結果だ。女性ホルモンやそっち方面の意識を無意識下において刺激する物質が含まれているから多少は身をよじって濡れてしまうかもしれんが、まあ、それでも味見をしろ」

「そういうことであれば、遠慮なく」


 マキナはふーふーすると茶碗を傾け、中身をすすった。得体の知れない液体を特段の疑問も持たないまま喉に流し込めるあたりは買える。思いきりがいいとはこのことだ。間もなくして、「ひゃぁぁ、ひゃぁぁっ」と不可解な声を発した次第である。


「これは効くぜ。エロ度がマシマシ。ホント、身体が熱くなってきたよぅ」

「ウケはいい。覚えておく」私は実際、頭中のメモ帳にその旨を記載した。「ただ、色はなんとかしたほうがいいのかもしれんな。紫色はイレギュラーすぎるだろう。いや、あるいはギルティな感があって微笑ましいか……」

「慣れだと思うよ? 富山ブラック、みたいな」

「わかった。うまくやる。と言っても、問題を解決するのは店長の役割だが」

「さっきから聞いてて不思議なんだけど、カレーとか店長とかって、どういう意味なの? なんの話?」

「近所にスープカレー屋ができたんだ」

「えっ、そうなの?」


 ヒトよりこのあたりを往来することが多くても、知らなくて無理はないなと思う。なにせ、シャッター街――さびれまくっている商店街だからだ。くだんの店、味は良かった。だからこそ、なんとか成功してもらいたいのだが――その経緯を打ち明けた。


「ふむぅ。なるほどねぇ。話はだいたいわかったよぉ。屋台もいいんじゃないかな。鏡花ちんってば、お人好しなのな。滅びゆくしかないスープカレー屋を救おうとは、なかなかの気概であるぞ」

「やかましい。それで、おまえにはなにができる?」

「ウチの信者を使って、来店させる。結構なヒトになるよ」

「それはなんだかよろしくないな」

「背に腹は代えられなくない?」

「そのとおりだが――いや、当日はおまえが来てくれればいい。おまえだけでも、十二分に目立つからな」

「了解しましたぁ。行くよぅ。3Pしてから行くよぅ」

「3P3P言うおまえは、やはりとんちんかんの阿呆なのだと考える」

「恐れ入ります」


 そのセリフに半ば呆れた私は眉根を寄せ、ただしすぐに無表情に戻した。私は物分かりも付き合いもいいこの友人のことが、少なからず好きだ。スイーツくらいは好きだ。スイーツはあまり好きではない。そういうことだ。


「それにしても、この紫カレー、おいしいよ。鏡花ちんってば、やっぱり料理がじょうずだよ。才能があるよ」

「じつに心に響く褒め言葉だが、このカレーは他人にくれてやろうと考えたものではないんだよ」

「えっ、じゃあ、誰に振る舞うの?」

「おまえオンリーだ」

「それは光栄な気もするけれど?」

「ああ、マキナ、そういうことだ。おまえのおかげでずいぶんとエンジンがかかってきた。今日も店主とああだこうだを言い交わそうと考える」

「口論はいいことだよねぇ」

「馬鹿かおまえは。議論と言え」


 私は「店長殿は、売り上げはあまり気にしていないんだろうがな」とあらためて言い、それから「うまい商品を食べてもらえればいい。それだけなんだ」と述べた。「そうなの?」と訊ねてきたマキナである。「そうだ」と答えた私である。「それは間違いないし、だからこそ、その様子は微笑ましいように映らんか?」と問うた


「そうだね。紫カレーは、私の心と胃袋の中にだけ留めておくことにするってばよ」

「いや。考えが変わった。いつか私もカレー屋を開業しよう。その際には、この紫色のカレーを提供しよう」

「ウケるんじゃないかな。間違いないよぅ」

「要は気の持ちようだ」

「いい言葉だねぇ」マキナが私に右の人差し指を向けた。「でもさ、やっぱり、自分は自分で描けたほうが、私はいいと思うんだよねぇ」


 私はにわかに目を丸くして、「ほぅ」と口をすぼめた。「深い言葉だ。いや。感心した」


「バイトは? ホント、場合によっては、貸すよ?」

「要らん。私だって、無報酬なんだ」

「鏡花ちんらしからぬ正義感っ」

「だから違う。好きでやるんだ」


 そっかと言って、マキナはグラスを傾けた。私にしては珍しく、冷たいアールグレイを淹れてやったのだ。マキナは「苦いっ!」と不満の言葉を吐き、立ち上がった。


「それじゃあ鏡花ちん、また来るね。そのときには今日みたいになにか振る舞ってもらえると嬉しいな」

「それもこれも、こちらの気分次第だ」


 そう答え、私も腰を上げた。


 玄関先で、マキナのことを見送った。いま思えばバイクスーツに身を包んでおきながら高級なオープンカーを乗り回すという様自体謎めいているが、まあ、マキナはそういうニンゲンなので、ほうっておこうと考える。


 今日も店を開けよう。

 明日、屋台にて店頭に立つのを、少なからず、楽しみにしよう。


 そんなふうに前向きに考えるだけで、日々の気分は、ずいぶんと変わってくる。


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