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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
五十. ゴミと愛
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五十ノ01

 私はその日の夕方もまるで客など来ない自身の古書店で店番をしていた。九月の折――じゃっかん湿った空気が漂っている。でも、うちわでじゅうぶんだ。暑さに対しての耐性はそれなりにある。汗の量もヒトと比べると少ないだろう――そんな気がする。


 出入り口の戸はゆっくりと開けられたのだが、なんだろう、その確たる鋭敏な雰囲気、気配に身体――特に背筋がえらく素早く反応した。全身がびくんと跳ねたのだ。片手間に読める文庫本から顔を上げ、背筋を正して客のほうを見やる。燕尾服のようなデザインの灰色の着衣をまとっている。白い髪はことのほか長い。年を重ねているように見える。だが、それでも四十台前半くらいではないのか。そんな予感が、する。言ってみればナイスミドルだ。


 男は「ベネデク・ジャック・スーリヤだ」と名乗った。知っている。ソロモンの洋上にベースを構えるPMC、「CFW]の、たぶん、ナンバーツーだ。


 私は息を吐き胸を落ち着かせ、ぱたんと閉じた本を脇に置いた。


「なんの用かな、スーリヤ殿。以前は気圧されたものだが、いまの私はそうでもないぞ」

「ボスに――ツゲに言われた。桑形楡矢にとってもっとも大切なものを奪ってこい、と」


 私は目を見開いた。

 ぽかんとしたのち、大笑いした。


「ほぅ、それで、おまえは私を殺しに来たというわけか」

「入念な下調べの結果だ。それとも、違うというのか?」

「そのへんの子犬や野良猫のほうがよっぽどそうなんじゃないのかね」

「しょうもない嘘を」

「もうそろそろだ」

「なにがだ?」

「そろそろ楡矢はうちにまんじゅうを食べにくる」

「まんじゅう?」

「ああ。うまいまんじゅうだ」

「だったらその前に――」

「ほら、もう来たぞ」


 楡矢はその姿を確認した瞬間に悟ったのだろう。あるいはスーリヤがここにいることをもはや知っていたのかもしれない――きっとそうなのだろう。楡矢の情報網は正確だ。店内に踏み込むなりスーリヤに飛びかかった。だが空振り。スーリヤは素早く動くと私の背後に回り込み、私の喉元に細身の刀を突きつけた。


「楡矢、俺はおまえを少しは尊敬している」

「せやからってなんやっちゅうんや。スーリヤさん。その女に傷一つつけてみろ。死ぬほどつらい目に遭わせたんぞ」

「だったらる価値はあるな。おまえにダメージを与えることについて、俺には一定の興味がある」

「やめろや!!」


 刃先が当てられ、私の首からはたらりと血液が流れた。


「スーリヤ、おまえぇぇっ!!」

「どうあれおまえをいじめてやるのがツゲの目的だ。そういうことだ」


 いまの私は男二人の美学に弄ばれているな。

 そう思うと、なんだか私自身の存在意義自体が私の中で曖昧になり、果ては薄れてしまった。


「いいぞ、殺せ、スーリヤ――さん付けのほうがいいか?」


 私がそんなふうにぞんざいにささやくように言うと、楡矢は目を見開き、「なに言うてんねん、鏡花さん!」と声を荒らげた。


「短命の花が揃って美しいように、女が若いうちに命を散らすのも一興だろう。私が死んだあとは、好き勝手に、おまえたちで、殺し合いをすればいい」

「本気か? 鏡花嬢」スーリヤに耳元で甘く言われた。「俺は本気だ。本当に斬り殺すぞ?」

「脅しにはなんの意味もない。そも私はなにも恐れていない。脅迫はむしろ自らの浅ましさを謳うだけだ。さあ、殺せ。殺してみろ」


 首筋に刀の冷たい感触が艶めかしく走った。

 途端、患部からこぽこぽと血液が流れだしたのがわかった。


 いまにも泣きだしそうな顔をして、楡矢が駆け寄ってくるのが見えた。


 さあ、楡矢。

 おまえの尊顔を拝するのも、これが最後になる。

 最後まで、おまえの「漢字」は見えなかったな。


 おまえは興味深い個体だったよ。


 だからこそ、おまえはおまえでおまえの決意と意地と矜持を見せてみろ!!


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