四十九ノ03
楡矢が帰ってきたらしい。そんな噂を近所で聞いて、そしたら、私が古書店で番をしている最中に訪ねてきた。ソロモンでPMCとドンパチやらかしてきたのだという。その旨が表沙汰にならないのは、やはりそこには小難しい理由があるからなのだろう。
楡矢は痩せていた。
出張るたびに少しずつ痩せているような気がする――気にしたりはせんが。
「ここに来る前に千鶴に捕まってんよ。で、全部、やってきた。問題ないよ。くだんの連中には釘刺すようにおまわりさんに言うてきた。それでもあかんねやったらいよいよ俺が出張るしかないんやろうけど。とりあえずは、事は前に運ぶと思う」
居間に通してやり、冷え冷えの麦茶を振る舞ってやる。
「なあ鏡花さん、いまの俺の漢字一文字はなんかな?」
そんなこと、わざわざ訊かれなくとも見えている。
否、「見えない」ことがわかっている。
私にとって楡矢はとにかく特異なニンゲンだ。
「そっかぁ。やっぱ俺は変わり者なんかぁ」
「おまえは間違いなく異常者だ。そうでなくともPMCと戦いもするし、殺し合いもする。そもだ、いまさらなんだが、どこぞの国家が連中を潰すことできればいいのにな」
「せやさかい、核を持ってるんやってば」
「それを真に受け、また理由としていたら、いつまで経っても埒が明かないぞ」
「なにが正しいんか、それはもはやツゲさんらんの幹部にしかわからへんねんってば。最悪、ツゲさんしか知らへんのかもしれへんし」
「多少の犠牲は必要だ」
そうやよね。
そう言って、楡矢は苦笑のような表情を浮かべた。
「しばらくはこっちにおるさかい。また街の警察をやったるよってに」
「たしかに、おまえがいたほうがこのあたりの治安はいいようだ」
「せやろ?」
「ああ」
「あっ、そうや」
「なんだ?」
「マキナから飲みに誘われてんねわ。今晩。行くよね?」
「現状、断る理由はないな」
「美味い店がええよね?」
「いや。まずくても安い店のほうがいい」
本音である。
*****
近所の居酒屋である。主に魚を振る舞う店である。どれも美味くない店である。中国産だろう韓国産だろうなどと言うと国際問題に発展するのだろうか。
私の向かいの席には二人いる。楡矢とマキナだ。どちらかというと楡矢はわきに退いていて、マキナが向かいにいる。マキナ。短い緑髪のスレンダーな美女。古い知り合いだ。仲がいいとも思っている。私にとっては稀有な事象だ。
「マキナと楡矢はけっこう仲がいいんだな。忘れていたような覚えていたような」
「あーら、鏡花ちんは嫉妬してるのかなぁ?」
「馬鹿言え。知っていて謳ったんだよ」
「まあまあ、そない尖らんとさ、お二人さん」
「だったら楡矢、とっとと用件を話せ」
楡矢は焼酎のお湯割りに口をつけた。
一杯目をビールでこなさないのは特徴的と言える。
「千鶴の、くだんの高校でな、死人が出てしもた」
「……は?」
「ヴァージン、大事にしてたんや思う。せやないと死んだりせーへん」
私は目線を上げ、それから寂しい思いに駆られた。
レイプ、そうか、そういった理由で死んでしまうニンゲンもいるのか……。
「俺はくだんの女の子の両親に会ってんよ。でもって率直に訊ねた」
「結果は?」
「金ならいくらでも払う。だから連中を全部殺してほしいってさ」
「やるのか? やれるのか?」
「金、受け取ってしもたさかいね。やるし、やれるよ」
「おまえは恐ろしい男だよ、楡矢」
「自覚してますよってに」
するとマキナが「殺すとかどうとか物騒だなぁ、嘘だけど、きゃはっ!」と女子高生みたいな軽さと凶悪さで笑った。
「マキナ、おまえのところはどうなんだ? 『ファミリア』だったか」
「うまくやってるよん。そもさ鏡花ちん、ウチの主張って知ってる?」
「入信者に正しい生き方を教える――そんなところじゃないのか?」
「そうやとっすっとさ、鏡花さん」
「なんだ、楡矢」
「いや、マキナと俺の思想とは、驚くほど似てると思ってな」
「そうかね」
「そうやよ」
*****
前日の居酒屋。
レイプされた挙句自殺してしまった女子高生、その犯人らしき数名は、なんとまあ、マキナに殺されてしまったらしいのである。例により近所の魚を出す店において、マキナ自身が彼女自身が刺身をぱくぱく食べながら告白した。「甘い醤油だよね。福岡の店なのかな?」とマキナは首を傾げ、「いんや、札幌や。前にも言うたやんけ」と楡矢が答えた。
私は正直に「いきなり殺すのはやりすぎだったと思うが?」と疑問を呈した。
「いやいやいやぁ、だって鏡花ちんさぁ、原チャで追いかけてきたからうざったいなぁって。面倒だからと思ってぶち殺したら、その相手が先方だったってこと。ま、私は美女だからね、てへぺろっ」
十歩百歩千歩譲ってそれはそれでいい、てへぺろも許容してやろう。
あるいは間違いを起こしたニンゲンはその場で死ねばいいのだから。
「さすがやよね、マキナ。拍手したるわ」
「上から目線すぎて偉そうだよぅ、楡矢っち」
「たしかに」
「うんうん」
私は「おまえたちの考え方には問題があるぞ」と、いよいよ主張した。
「せやけど、それが俺やさかいなぁ」
「そうそう。そうなんだよ、鏡花ちん。それが私なんだよ」
なんとも要領を得ない回答である。
「にしてもこの焼き魚はまずいなぁ」
「おぉ、しかしだ楡矢っち、こいつはのどぐろなんだよん?」
「うーん、うーん……」
私は「いい、寄越せ」と言って、皿を奪った。
かなり小ぶりながらもたしかにのどぐろだ、まずくはない。
「今度、三人で温泉にでも行くか」
唐突に私がそう言ったからだろう、楡矢もマキナも驚いたようだった。
「うへぇ、ええん? そないなこと宣言して」
「車の運転はおまえかマキナがしろ。私はついていくだけだ」
「そのくらい請け負うわ。なあ、マキナ」
「私は歓迎だよん。四国あたりがいいなぁ」
旅行かぁ。
ぽかぁんといった感じで言って、楡矢は上部に目をやった。
「私はいつだって自由が利くから、いつだっていいよぉ」
「俺は、そやなぁ。ま、スケジュールがつかんことはないわ」
こいつら二人と行動を共にするとなんだかしょうもないことに巻き込まれそうなんだが……まあ、いいだろう。嫌いな二人ではない。むしろ好きな二人だ。
楡矢もマキナも自由奔放。
私はとてもではないがついていけない。
二人とも野良犬で、そんな調子で気取って歩いているようなものだ。
羨ましい限りだ。
陰キャの私にはついていけない。