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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
四十九.ストレイドッグ・セレナーデ
153/158

四十九ノ01

 私はその旨の折、だから他者からの目を引きまくるわけだが、だからといって、巨乳だ爆乳だからといって、いたずらに視線を集めるいわれはない。


 私は今日も我が古書店にそれなりに顔を出し、店番をしている。そんな折にだ。男と思しき若者がいきなり店に突っ込んできた。私のことを押し倒し、したいのだな、したいのだろう。首筋にべろを這わせてきた。はあはあという荒い吐息。胸を揉まれるくらいはわけないのだが、――となると、ちょっと嫌だし厄介だ。


 途端に、男のことを誰かが引っぺがした。この力強さと俊敏さ、楡矢だ、間違いない。どうして奴さんがこの場にいるのかは知らぬ存ぜぬだが、まあ、居合わせてくれて助かった。本音である。


 楡矢は私に覆いかぶさっていた男を地面に転がすと、がんがんがんがんストンピングを浴びせた。「大人げがないな」と思った次第だが、「俺の鏡花さんになにしてんねん、このあっほんだらっ」ということらしい。愛を感じる次第だが、それだけだ――じゃっかん、嬉しかったことは間違いないが。


「麦茶を出してやろう」

「おおきにね。めっちゃ嬉しいわ」



*****


 居間にて。


「はーい、はいはいはーい。俺は鏡花さんに屈強なボディガードを雇うようオススメしまーす」

「ほぅ。それはどうしてだ?」

「えぇぇぇーっ。どうしてもなにも、いま、まさに襲われそうになったやんかぁ」

「そのへんは費用対効果というヤツだな」

「あるいは襲われてもええっちゅうん?」

「なんとかする」

「せやから、できてへんやん」

「やかましい」

「挿入されてたで?」

「かまわん」

「かまわんとかっ」

「安いものだよ」

「安いものとかっ」


 自らが淹れた麦茶を私は飲む。

 自らが淹れたものながらも、ひじょうにうまく感じた。


「鏡花さん」

「なんだね、楡矢くん」

「俺にはさ、ほらさ、ちょい複雑な背景、あるやんか?」

「ソロモンの件か?」

「うん。背負わなあかんねん。せやけど、鏡花さんは守ったるさかいな」

「誰もんなこた頼まんのだが?」

「愛してる」

「その旨だけはひしひしと感じてるよ」


 楡矢は麦茶をぐびぐび飲み干すと、多少俯きふぃーと吐息をつき、それから照れ臭そうに「えへへ」と笑った。


「ソロモン……ツゲさんの件なんて、やめてまおうかなぁ」

「ほぅ。本気でそう?」

「ホンマはずっとずっと鏡花さんのそばにいたいんやで?」

「だったらいればいい」

「せやさかい、そういうわけにもいかんでやなぁ……」


 そのへんののぴきならない事情も気持ちもわかる。

 だからといって、意地悪を言ったわけではない。

 ただ図太い、そんな桑形楡矢という男に決断を迫っただけだ。


「帰るわぁ」楡矢が腰を上げた。「明日からまたソロモンなんやわ」


 正直な男だ。

 だからこそ、好感が持てる。


「おまえがどこでどんな戦いを繰り広げているのかは知らんが、戦況は? どうなんだ? どうあれどうなんだ?」

「ただのPMCや。それなりの軍隊なら潰せるはずやろう?」

「それができていないんだろう?」

「核持ってるって、謳ってるさかいね」

「もはやそういう時代なのか」

「俺はうまいことやれへんかもしれへん」

「そう言うな。うまいこと片づけてこい」


 楡矢は言った、「おおきにね」と深々と頭を下げた。

 大仰に礼を言われるいわれなどないのだが。


「俺はミスった。ぎょうさんミスった。それでも見てろや。俺は全部を覆す」


 力強い一文だ。

 尊敬するに値する。


 楡矢は私の脚にすがりついてきた。頬ずりをしてきた。わかる話ではあるのだが、情けない話だとも思う。でも、だったら顔を突き合わせるしか。私のふくらはぎをべろんと舐めると、楡矢は言った。


「いつか結婚したい、鏡花さん」


 ――案外、しょうもない男である。


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