四十九ノ01
私はその旨の折、だから他者からの目を引きまくるわけだが、だからといって、巨乳だ爆乳だからといって、いたずらに視線を集めるいわれはない。
私は今日も我が古書店にそれなりに顔を出し、店番をしている。そんな折にだ。男と思しき若者がいきなり店に突っ込んできた。私のことを押し倒し、したいのだな、したいのだろう。首筋にべろを這わせてきた。はあはあという荒い吐息。胸を揉まれるくらいはわけないのだが、――となると、ちょっと嫌だし厄介だ。
途端に、男のことを誰かが引っぺがした。この力強さと俊敏さ、楡矢だ、間違いない。どうして奴さんがこの場にいるのかは知らぬ存ぜぬだが、まあ、居合わせてくれて助かった。本音である。
楡矢は私に覆いかぶさっていた男を地面に転がすと、がんがんがんがんストンピングを浴びせた。「大人げがないな」と思った次第だが、「俺の鏡花さんになにしてんねん、このあっほんだらっ」ということらしい。愛を感じる次第だが、それだけだ――じゃっかん、嬉しかったことは間違いないが。
「麦茶を出してやろう」
「おおきにね。めっちゃ嬉しいわ」
*****
居間にて。
「はーい、はいはいはーい。俺は鏡花さんに屈強なボディガードを雇うようオススメしまーす」
「ほぅ。それはどうしてだ?」
「えぇぇぇーっ。どうしてもなにも、いま、まさに襲われそうになったやんかぁ」
「そのへんは費用対効果というヤツだな」
「あるいは襲われてもええっちゅうん?」
「なんとかする」
「せやから、できてへんやん」
「やかましい」
「挿入されてたで?」
「かまわん」
「かまわんとかっ」
「安いものだよ」
「安いものとかっ」
自らが淹れた麦茶を私は飲む。
自らが淹れたものながらも、ひじょうにうまく感じた。
「鏡花さん」
「なんだね、楡矢くん」
「俺にはさ、ほらさ、ちょい複雑な背景、あるやんか?」
「ソロモンの件か?」
「うん。背負わなあかんねん。せやけど、鏡花さんは守ったるさかいな」
「誰もんなこた頼まんのだが?」
「愛してる」
「その旨だけはひしひしと感じてるよ」
楡矢は麦茶をぐびぐび飲み干すと、多少俯きふぃーと吐息をつき、それから照れ臭そうに「えへへ」と笑った。
「ソロモン……ツゲさんの件なんて、やめてまおうかなぁ」
「ほぅ。本気でそう?」
「ホンマはずっとずっと鏡花さんのそばにいたいんやで?」
「だったらいればいい」
「せやさかい、そういうわけにもいかんでやなぁ……」
そのへんののぴきならない事情も気持ちもわかる。
だからといって、意地悪を言ったわけではない。
ただ図太い、そんな桑形楡矢という男に決断を迫っただけだ。
「帰るわぁ」楡矢が腰を上げた。「明日からまたソロモンなんやわ」
正直な男だ。
だからこそ、好感が持てる。
「おまえがどこでどんな戦いを繰り広げているのかは知らんが、戦況は? どうなんだ? どうあれどうなんだ?」
「ただのPMCや。それなりの軍隊なら潰せるはずやろう?」
「それができていないんだろう?」
「核持ってるって、謳ってるさかいね」
「もはやそういう時代なのか」
「俺はうまいことやれへんかもしれへん」
「そう言うな。うまいこと片づけてこい」
楡矢は言った、「おおきにね」と深々と頭を下げた。
大仰に礼を言われるいわれなどないのだが。
「俺はミスった。ぎょうさんミスった。それでも見てろや。俺は全部を覆す」
力強い一文だ。
尊敬するに値する。
楡矢は私の脚にすがりついてきた。頬ずりをしてきた。わかる話ではあるのだが、情けない話だとも思う。でも、だったら顔を突き合わせるしか。私のふくらはぎをべろんと舐めると、楡矢は言った。
「いつか結婚したい、鏡花さん」
――案外、しょうもない男である。