四十七ノ02
我が古書店の店番をしながらも、くだんのとんびのことは気になっていた――翻って、気になりながらも古書店の店番をしていただけなのだが。精神がスケベな千鶴と肉体がスケベなカイトが訊ねてきた。それぞれそういう性質であり、体質だ。千鶴はすぐに絶頂を見るしカイトは我慢してもそのうち絶頂を見る。まったく尊い話だ。愛おしい人物らでもある。
とんびって、あのとんびか?
無邪気な調子でそんなふうに訊ねてきたカイトである。
「そうだよ、カイト。私は真っ逆さまに落ちてきたとんびを受け止めたんだ」
「すっげー。優しいじゃん。とんびって重そうじゃん」
「ならな、訊くがカイト、当該ケースに出くわした場合、おまえはとんびを無視することができたのか?」
「そりゃ、できなかったと思うけど……」
「例のとんびは幸せだったんだ。そうは思わないかね?」
「思うっ。思うよっ。さすがは鏡花だよ! 見直したよ!」
「見直したということは、おまえは私を見損なっていたのか?」
「ままっ、待ってくれよ。だれもそんなこと言ってないじゃんか」
「言葉遣いには気を遣え。怒るぞ」
「う、うううぅぅっ」
――と、カイトは泣きそうな顔をした。冗談でからかってやっただけだと打ち明けてやると、ぽかぽか肩を叩いてきた。
「それにしてもですよ、鏡花さん」
「なんだね、千鶴女史」
「いえ、たかがとんびのことですよ?」
「おーっ、そのへんの冷たさに魅力を感じざるを得んな、千鶴嬢」
「あっ、もうその言葉だけでイキそうです、あっ、あっ、やだぁ……っ、って、このようにしてエロい喘ぎ声はいくらでも出せるのであって――」
私は笑った。微笑んだといったほうが適切かもしれない。
「千鶴、飛びたいと考える鳥に罪はあるかね?」
「あー、そんなふうにおっしゃると思っていたのですよ」
「だったら、見守ろう。私たちにできることは、それだけだ」
「やはり鏡花さんは賢人なのです。イカせてくださいますか?」
「馬鹿を言え。それとこれとは話が別だ」
するとカイトが「えっ、イカせるとか、マジか?」といかにも期待に満ちたような返事をした。
「いいぞ、カイト。こっちに来い」
「ええぇぇ、やだぁ、やっぱりやだぁ……」
私はカイトの背後に回り、腰を下ろす。脚を大きく開かせ――いろいろとしてやる。
「やっ、やっ、やっ、やだぁ、鏡花、やめてくれよぅ……っ」
私の背中に千鶴が抱きついてきた。
「ああ、たまらんのです。鏡花さん、次は私に慈しみを」
――女同士の性の営みは続くのだが。
「どうやら楡矢が噛んでいるらしいぞ?」
私がそんなふうに言うと、涙を流しよだれまでをも垂れ流していたカイトとエロい行為を望んでいた千鶴が揃ってこちらに視線をくれた。
千鶴は座布団に座り、カイトも慌てたようにミニスカートの裾を押さえながら座布団におさまった。
「楡矢が? どういうことだよ」
そんなふうに、カイトは言った。
「そうなのですよ。どうして楡矢さんが?」
そんなふうに、千鶴は言った。
「奴さんはまごうことなき偽善者だ。首を突っ込めることにだったら、首を突っ込むだろう」と私は言い。「ただ、私はその行為について、悪い思いは抱いていない」と続け。
「そうなのですか? 私はときどき楡矢さんは面倒だと思うのですけれど」
「いいな、千鶴。そのとおりだからな。おまえの考え方はじつに正しい」
「えっ、えっ、たしかに楡矢はいい奴だとは思うけど――」
「だったら、いい奴なんだよ。カイトのわりにはいいことを言う」
「ひ、ひどいぞ、その言い方は。鏡花、ひどいんだぞ?」
私は両手をひらひら振ることで二人の物言いをうっちゃった。
「問題はとんびだ。とんびなんだよ」
「えーっ、とんびとか、俺には関係ないよぅ」
「だったらカイト、私はおまえとの友人関係を破棄させてもらう」
「えっ、えーっ、そうなのか!?」
「空気を読めん奴は要らん」
すると千鶴が「そうですね。カイトは要らんですよ」と胸を張り。
「まま、待ってくれよ。俺が悪かった、悪かったよ」
「いいえ、カイト。あなたの中には人間より弱い生物を差別する精神があるのですよ」
「そっ、そんなことないってば。悪かった。許してくれよ」
「どうしますか、鏡花さん」
「まあ、しくしく泣いているくらいだから、見逃してやろう」
ありがとう、ありがとう!
そんなふうに生真面目だから、カイトはうっとうしいのだが。
「とんび、どうなるんだ? とんびはどうなるんだ?」
「だからそれはだなカイト、立派に空に戻っていくのさ」
「ほ、ほんとうか? ちゃんと、きちんと戻れるのか?」
「戻れるさ。生き物はそこまで、弱くはない」
千鶴もカイトもキラキラした目を向けてきた。
「時間はかからないと聞かされた。三人で一緒に見送ってやろう」
千鶴は「はいっ!」と返事をし、カイトは「おうよ!」と返してきた。