四十六ノ03
相変わらず、私の家の客間だ、楡矢に麦茶を出してやった。楡矢は「ただ野球やってただけやのにな。なんでこないなことになったんか」と静かな笑みを浮かべつつ言った。
「警察のほうは? なんの問題もないのか?」
「まあそのへんは鏡花さん、俺に任せといてや」楡矢は「はっはっは」と笑った。「そもそもコータにはなんの非もないんやさかいな。俺はそないなふうに考えてる。せやさかい、その線で押し通したったよ。やっぱ無敵やなぁ、俺は」
私は大きく肩を上下させ、大きく息を吐いた。
「コータは? 凹んでいたりしないのか?」
「あいつが凹んだりすると思う?」
私は「しないだろうな」とうなずき微笑んだ。
「カイトとは? 連絡とった?」
「いや、向こうからしてこないうちはと思ってな」
「コータよりもカイトのほうが凹んでるんやわ」
「コータが気に病んでいる。そんなふうに考えているんだな?」
「そういうこっちゃ」
楡矢が浮かべたのは間違いなく苦笑いだ。
「カイトはええ女やな。将来有望や」
「だからこそつらいんだよ」
「そうなん?」
「いい女がしょげていて、気持ちがいいはずがない」
*****
私自身が私自身の特権をもって、コータとカイトを呼び出したのである。
コータは「何用かね、鏡花さん」などと言って高らかに笑う。無理をしているようには見えない。奴さんのいつも通りの姿だ。いっぽうでカイトはというと俯き、ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしている。いまにも泣き出してしまいそうだ。
「おい、コータ」
「なにかな、鏡花さん、はっはっは」
「私はいい加減、怒ってしまいそうだ。女の気持ちを汲むことすらできないのか、おまえは」
「女とは?」
「ぶたれたいのか?」
コータはにこやかな笑みを浮かべたままでいる。
「無礼をしました――鏡花さん」
「言ってみろ。言いたいことくらいあるんだろう?」
「俺みたいなくそったれは、きれいなカイトにふさわしくないです」
カイトがハッとしたような顔をして、コータを見た。
「なにかの折に俺はキレてしまう……今回の件で、よくわかりました」
「言ってやろうか、コータ」
「なんなりと」
「おまえの行動は正義感に根差したものだ。恥じることはない」
「しかし――」
「やかましい。そこで泣いている女のことを、おまえは蔑ろにするつもりか?」
実際、カイトは泣いている。
両目をこすりながら、えぐえぐと泣いている。
「やだよぉ、俺。コータがいなくなっちまったら、やだよぉ……」
「カイト……」
「だって、コータはなにも悪くないじゃんかぁ……」
「いや、俺はやりすぎたわけで――」
「悪くないよぉ、悪くないよぉぉ……」
私は「抱き締めてやれ」と言った。「それがいまおまえにできる最大限の良識的行動だ」と続けた。
「立て、カイト」
「えっ?」
「立ってもらったほうが抱き締めやすい」
カイトはすっくと、気持ち良く立ち上がった。
コータが勢い良く抱き締める。
カイトは崩れ落ちそうにして、喘ぐようにして涙した。
コータがしっかりと抱き止めたことは、言うまでもない。