四十五ノ02
「時限装置だって聞いて、そのリミットを聞いて、だからわしみたいなロートルに連絡が来たってわけだ。たしかに、わしが走らなけりゃあ間に合わなかっただろうな」
もうすっかりごま塩頭の男がそう言った。名は"次郎"というらしい。次男坊であるから、らしい。ある意味気楽な立場だなと感じたことは嘘ではない。次郎は細君のことも紹介してくれた。細君は、至極、大人しそうな人物だった。
「それにしても、どうして液体窒素なんて持ってたんッスか?」そう訊いた八百屋の小僧である。「なにかの折を想定して……って、いや、俺にはそんなケースなんて、思いもしないんスけど……」
次郎は「はっはっは」と笑った。「わしはな、小僧、あちこちの戦争を渡り歩いて、その都度、役目にしていたのは、爆弾を使用するほうだったんだよ」と言い、また笑った。
「えっ」
目を見開いた小僧である。
「時限爆弾も使えば、地雷だって設置した。ときには手榴弾も投げたりしていたなぁ」
「それが、戦争……?」
また「はっはっは」と笑った次郎。
「でもな、小僧、わしはその記憶を後世に伝えようとは、べつに思わんのだ」
「それってどうして……?」
「戦争のやり方を知るときは、人殺しの手段を知るときだ。そういうことなんだよ。知らないほうがいいこともある」
「だけど、俺は戦争に行ったことがあるわけじゃないッスから……」
ご老体がちびちびと焼酎のお湯割りを飲む姿には、共感を覚える。戦争を知るのではなく、知らないのであれば、そのまま知らないでいい。それって真理なのかなぁと私は考える。
エイヒレを小さな口でお上品に食べている、細君。素敵だなと思った。素敵な夫婦だなと感じた。
「オヤジさんよぅ、あんたの年って、いくつなんだよ?」
「だいたいわかるんじゃないのか?」
「だとすると、超がつくくらいの長生きに見えるんだけど」
「無駄なニンゲンほど、無駄に長生きするものだ」
「そ、そんなことねーってば。長生き、いいことでしかねーよ」
次郎は「そうあるように望むからこそ、元気良く生きていられるんだろう」と言った。
「俺もわりと長生きしたいんだ」
「気の持ちようだよ、若造。それ以外になにもない」
オレンジ色の電灯が、少々揺れた。
「次郎さん、俺はまたあんたに会いたい。いいかな?」
「こんなじいさんでもいいっていうんなら、いつでも会うさ」
次郎はしわくちゃの顔に満面の笑みをたたえ、小僧は見るからに泣きだしてしまいそうだった。そもそも爆弾魔だった男が、爆弾を処理する側に回ったわけだ。なかなかにおもしろい事象であり、またすばらしい成り行きと言えた。
じいさんにも未来があるということの証左だろう。