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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
四十四.プロレスラー
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四十四ノ01

 秋口。その日も我が古書店"はがくれ"を開けていた。どうせ儲けの出ない商売なのだから誰も来ないに越したことはないのだが――というのであれば、どうして開店中なのかという無理問答を自身のなかでくり返すことになり。


 小さな鉄砲を持った客――青年が入ってきたのである。いまどきのステレオタイプな大学生――といった感じなので――そして、それはそれでしかない。


 青年は照準を私の頭部から逸らすことなく「や、やらせろよ、オラァッ!」と謳った。やらせろ? ヤらせろだろうか。不躾にエロい行為を望んでいるということだろうか、セックスをしたいということだろうか、レイプすることで背徳感に駆られたいということだろうか。


 どうあれ――。


 私がすっくと立ち上がったところで、青年はビクッと身体を揺らした。


「いいぞ、青年、請け合おう。あいにく私は生娘だが、そこは勘弁願いたい」


 きょとんとしたような青年である。


「おまえ、そ、それって、嫌じゃないのかよ?」

「請け合おうと言った。だが、おまえと呼称されることについては苛立ちを隠せんし隠そうとも思わん。相手には、合わせることだ」

「ぐ、ぐっ……っ」

「ほら、来い、抱いてみろ。私はじつに寛容だ」


 私は白いシャツを脱ぐと、黒いタンクトップをたくし上げた。当然、大きな乳房がピンク色のブラジャーのなかで弾んだわけだ。


 ――そのときだった。


 たぶん、男だろう、巨躯の人物が入店した。青年は私の巨大な乳房に見惚れて気づいていないようだ。一方でなぜだろう、なぜすぐにのっぴきならない状況だと理解したのか、とにかくそのへんはわからないのだが状況をいっぺんに把握したようで、青年はどひゃっとでも言わんばかりに驚いてみせた。そいつ――ある種の乱入をしてきた男はまだまだ暑い最中(さなか)にあるにもかかわらず、黒ずくめだ。黒いジャージ着ていて、黒いTシャツを着ていて、そして――なんとまあ、黒いマスクまでつけているのである。マスク――ライオンの頭部を黒く染め抜いたようなものだ。明らかにフツウのニンゲンではない。まあそれでもわかることはあって、恐らく、黒い巨躯の男はレスラーだ。プロレスラーだ。


 私はたくし上げることで豊満な乳房を見事に放りだしていたわけだが、それをやめ――目が合ったと思しきところで、マスクマンに顎をしゃくって見せた。ぎこちなくうなずいた、マスクマン。しかし、動きだすと速かった。青年のことを羽交い絞めにし、鉄砲を叩き落とし、それからブレーンバスター――をかまそうとしたので、「ば、馬鹿! やめろ!」と私は咄嗟に叫んだ。プロレス技の多くはアホなのだ。本気で決めたら余裕で死人が出る。そんなの観戦した経験があれば一目瞭然なのだ。――そう。私はプロレスについてはそれなりに造詣が深い。


「お、俺、どうしたらいいですか?」


 ブレーンバスターしようとしていたのを途中で遮り、それから《さいちゅう》で止まったまま、黒のマスクマンが訊ねてきた。まったく、阿呆なのかと感じたくなるくらいの馬鹿っぽいへっぽこな言い草だが、私はきちんと「警察を呼ぶから、下に置いて動かすな。へばりつかせておけ」とだけ告げた。


「あっ、ヤバい!」


 青年をうつ伏せに倒したところで、マスクマンがそんなふうに言った。


 マスクマンがいきなりそう発したので、私は若干、驚いた。「な、なにがヤバいんだ、マスクマン」と訊ねた。


「こ、こいつ、気絶しちゃいました!」

「馬鹿か、おまえは! そのへんの力加減くらい、ちゃんとしろ!」

「どうしよう、どうしよう?! 俺、プロレスが好きなんです!!」

「知るか、どあほうが!」

「お、俺、どうしたらっ?!」

「念のため、救急車が到着するまで心臓マッサージを続けろ!」

「それだけで、いいんですか?」

「だいじょうぶだ。やむをえない措置だったと、私が証明してやる」

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


 唐突に湧いた面倒事と言えた。


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