四十三ノ02
先達ての際、見ていなかったなと思い出し、私は頭のスイッチをオンにした。すると、カイトとコータの頭の上に、漫画で言うところの吹き出しが出現した。その中にそのときその人物が抱いている感情が、漢字一字で見えるのだ、私の場合。
驚いた。コータの漢字は「無」なのだ。なにも思っていない? なにも感じていない? 楡矢に似ている。奴の場合、吹き出しすら出現しないのだが。ではいっぽうのカイトはというと――なんとまあ「好」の字がうっすらながらも浮かんでいるではないか。これはと思う。カイトにも春が来たということだろうか。いよいよコータに想いを寄せているということだろうか。
我が家の茶の間にてコータは麦茶を飲むと、やはり「ふはははは」と笑うのだ、阿保みたいに。実際、どこか抜けているのだろう、そうとしか思えない。
「な、なんで、自信たっぷりで、偉そうなんだよ」カイトは少々難しい顔をする。「強いのはわかってるけど、コータはやっぱり、変わってるのな」
「カイト!」
「うひゃぁっ、なんだよコータ、馬鹿ぁっ! いきなりでかい声出すなぁっ!」
「男という生き物はそういうものなのさ」
「は、はいぃ?」
「強くなければ、男じゃないということさ」
「そ、それは、そうかもだな、うん。その点については同意するよ」
さらに、うんうんとうなずいたカイトである。
言ってみれば至極の納得顔である。
その点からして、カイトがコータを受け容れていることがわかる。
「俺が髪を銀色に染めていることは不可解だろう?」
「まあ、それはそうだな、うん」
「俺に近寄るなというサインなのさ。俺はからまれやすいタチなのさ」
「な、なんでだ? どうしてだ?」
「俺はそういう顔らしいのさ、ふはははは」
「よくわからないんだけれど」
「これは男の話なのさ」
「そ、そうなのか?」
「そうなのさ」
私は「なるほどな」と唸った。しかし、「目立つほうが生意気に見られるんじゃないのか?」と言った。
「鏡花さん、その線には気づかなかった」
「嘘をつくな」
「自衛には繋がるのさ」
「特段の否定はせんさ」
「そうしてくれ、ふはははは」
笑うコータ。
私はいよいよ呆れた。
「コータって、ほんと、学校でもその調子なのか?」
カイトがそう訊いた。
「ふはははは。そんなわけないだろう? 俺は学校にはなじんでいるさ。教師連中には面倒がられようがなじんでいるさ」
「ほんとうか?」
「嘘に決まっているだろう?」
「うっ、嘘なのか?」
「さあ、どっちだろうな」
「煙に巻くなよぅ」
「俺は俺なのさ。そのことだけ、しっかりしていればいいのさ」
自信たっぷりに答えたコータである。
「い、いや。とりあえず、上っ面だけでもいいから、みんなと仲良くできたほうがいいと思うんだけど?」
「一般論だな。ヒトの見た目なんてどうでもいいということさ、ふはははは」
「勉強は?」
「できるほうだ」
「体育は……って、それは聞くまでもないよな」
「飛び箱だけは得意ではない」
「そうなのか?」
「嫌いなものは嫌いなのさ」
「う、わかった。飛び箱は苦手なのか」
「カイトよ、それがどうかしたか? ふはははは」
カイトはもじもじと肩を揺らしてうつむくと、なんとも言いにくそうに、「ちょっと、いいか……?」とコータに話を振った。するとコータは「なんだ、カイト。言いたいことがあるなら言ってみろ」と、偉そうに物を言い。
「ほら、たとえばさ、ほら、その……こうして知り合えたんだって奇跡みたいなもんなんだからさ、だったら、俺としては、連絡先くらい、交換してもいいんじゃないかな、って……」
「おぉ、そういうことか。いいぞ、カイト。提案を受け容れよう」
「ほ、ほんとうか?」
特に表情には出さず――すなわち「ふはははは」と笑いだけしたコータと、「えへへ」と頭を掻いたカイト。案外、いいコンビになるのではないか。
コータの「無」に変化はないが、カイトの「好」は明確になった。
「ああ、そうだ、カイトちゃん」
「コ、コータ、いきなりカイトちゃんってなんだ? カイトでいいんだぞ?」
「おまえの身体つきはエロい」
「エロいとかっ!」
「おまえの身体つきはイヤラシイ」
「イヤラシイとかっ!」
「しつこいか?」
「しつこいぞ!」
コータは腕を組んで、一つ、大きく頷いた。
「カイト、おまえ、学校は? どこなんだ?」
するとカイトはしゅんとなり。
「俺、学校は行ってないんだ」
「どうしてだ?」
するとカイトはぎゅっと目を閉じ、そのわりには案外気持ちよく、キャスケットを取り払った。
「おぉ」と驚いてみせたコータである。「これはこれは、猫耳じゃあないか」
カイトはぐしゅぐしゅと鼻を鳴らす。
「嫌いだろ? 醜いだろ? 嫌いになったろ?」
コータが右手を伸ばし、カイトの頭をぐしぐしと撫でた。不思議そうに目を見開き、その目をぱちくりさせたカイトである。
「カイト」
「は、はいっ」
「俺がおまえを守ってやる。心配するな」
「え、ええぇっ?!」
「エロい身体だ」
「だから、エロいとかっ!」
「イヤラシイ身体だ」
「だから、イヤラシイとかっ!」
コータは両手をうしろにつくと、天井を眺めた。
「厳密には違うし、もとをたどれば全然違うことなのかもしれないが、カイトと俺は、苦労を重ねてきたという部分で、恐らく似ている」
顔を真っ赤にして、カイトは「そ、それって、恋なのか?」と訊いた。「それはまだこれからだろう」と余裕綽々のコータである。
「コータ」
「なんだろうか、鏡花さん」
「カイトは任せた。うまく扱え」
「きょ、鏡花、やめろよ、そんな簡単に……っ」
「インテリでもセレブでもない。草食系でもない。私が保証してやる。コータは、興味深く、また力強い存在だ」
私がそんなふうに言ってやると、カイトは頬を桃色に染めたまま、小さな口で麦茶をすすった。
コータは笑うのをやめ、「俺は弱者を守りたい」と真剣な目で語った。「そうあることが、俺の使命だ」
たぶん、きっと、現時点では恐らくという言い方になるが、二人の関係はうまくいくのではないか。