四十三ノ01
夕刻。入店してきた少年には見覚えがある。あれだ、えーっと、名前は……そう、コータ。長く艶々とした銀髪。緑色のブレザーに赤いネクタイ。――そう、コータだ。間違いない。その後ろについてきた人物は美少女――カイトである。青いキャスケットにノースリーブの白いブラウス、ショートパンツはサスペンダーで吊られている。サスペンダーの経路が巨乳で妨げられているのはもはや言わずもがな。
「きょ、鏡花、違うんだ、これは違うんだ!」
カイトはいきなり声高に否定したのである。本当に高い声である。
私は刹那考え、一つの答えに至り、そのとおりに話を進めようと思う。
「なんだ、カイト。また痴漢にでも遭ったか?」
超がつくくらい驚いたように、カイトは目を白黒させた。
「えっ、えぇぇっ! なんでそんなのわかるんだっ?!」
「私の想像力は豊かなんだよ。そして正確性に富んでいる」
「そ、そうなのか」
「ああ。それもこれもおまえの身体つきがエロいことに起因する」
「エロいとかっ!」
「わかりやすく述べると、イヤラシイ」
「イヤラシイとかっ!」
「おまえには受動的な意味での痴漢癖がある」
「痴漢なんてされたくないぞ! ないんだぞ!」
私はコータに向けて、「詳細を聞かせろ」と命令した。
「ふはははは、すべては神の戯言だ」
まためんどくさいことを言いだすのだ、この小僧は。だったら、これまた面倒だが、カイトの口から聞かせてもらうしかないのである。
「カイト、どこで痴漢にあったんだ?」
「赤い電車のなかだよ。たまには鏡花の家に寄ろうって思ったんだ」
「おまえは電車のなかで痴漢に遭うのが得意であるようだ」
「そんな特技要らないんだけだけど!?」
涼しげな顔立ちをしているコータの隣で照れまくっているカイトの様子が愛らしい。
「ふはははは、すべては神の戯言だ」
まったく、それしか言えないのだろうか、このコータという少年は。
「ちゃんと話すよ。おしり触られてもなにも言えなかったんだ。怖くてさ」
「そこにコータが現れた?」
「う、うん、そうなんだ。すごい蹴りだったよ。向こうの車両にまで飛んでいきそうなすごい勢いだった」右手で「えへへ」と後頭部を掻いたカイトである。「ただの高校生だと思ったのに、驚いたなぁ、びっくりしたなぁ。それで、そのあとに言われたんだ。お茶に誘われたんだ。不愉快に思ったことだろうから、埋め合わせをさせてほしいって」
「コータに?」
「そ、そう。コータさんに。埋め合わせって、コータさんがすることもないのにさ」
「ふはははは、コータでいいぞ、カイト」
「い、いや。そうもいかないって。というより、埋め合わせをしてもらう理由なんてないし。するならこっちの話だし」
ますます顔を赤らめるカイトである。
コータはあるいはアホみたいな少年だが、あるいはこれは……。
「で、でな? おかしいんだ」カイトはクスクス笑う。「お茶を振る舞ってくれるって言って、行き着いた先がここなんだよ」
「喫茶店を開業したつもりはないんだが?」
「ふはははは、そう言うな、鏡花さん」
「一つ、試したい」
「なんなりと」
私はすぐ隣にりんごを置いていたのだが。それをレジカウンター越しに投げて寄越した。「やれるか?」と訊ねた。次の刹那、コータはすでに右手でりんごを握り潰していた。大きく両手を上げて「どひゃっ」と驚いたカイト。
「造作もないことだ、鏡花さん、ふはははは」
「わかった、コータ。行っていいぞ」
片づけくらいはしてやろうと思った
りんごについては、ご愁傷様としか言えない。
コータが身を翻し、去り行く。
カイトの奴もついていった、急いたように、慌てたように。
コータはなぜ私に会いに来た。
私はガキにすら愛されているのだろうか。