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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
四十ニ.ヘッドショット
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四十ニノ03

 千鶴の家の最寄りの居酒屋を選んだ。千鶴は「おぉ、お肉もありますし、お刺身のメニューも充実しているではないですか」と驚いたふうな声を上げた。運ばれてきた串盛りを、さらには刺身の盛り合わせを、千鶴はじつにうまそうにぱくぱく食べる。「おいしいですね、おいしいですね」と言ってにこにこする。「千鶴んちは裕福なんやさかい、もっとええもん、いくらでも食べてるやろ?」と楡矢が訊いた。


「私は居酒屋の雰囲気が好きなのです。一日を一所懸命に働いたおじさまたちにささやかながらエールを送りたいのです」

「ほなら、エンコーでもしたりぃや」

「うっわ、サイテーなのです、楡矢さん、あなたはサイテーなのです」

「冗談に決まってるやん。せやけど、俺ならたこうこうたるぞぉ」

「楡矢さんはおっぱい好きなのでは? ですから鏡花さんにもアタックしまくりなのでは?」

「ま、そうなんやけど」

「うっわ、やっぱりサイテーです。あなたはサイテーです、楡矢さん」

「あはははは」

 

 無駄としか思えない会話を繰り広げながらもきっちりどんどんがっつくあたりも、それこそエールということなのだろうか、いや、意味不明だが。

 

「ほんとうに、居酒屋、大好きなのです。社会の縮図なのです、ここは」

「かも、しれないな」私は軽く笑った。「たしかにおまえは進化したようだ」

「千鶴よぃ」

「なんですかぃ、楡矢さんよぃ」

「運が良かったな」

「はい。自由が侵害されずに済んだのです」

「自由って言葉は胡散臭いんやけどな」

「そうなのですか?」

「個人的な見解やよ」


 楡矢はにこりと笑った。


「鏡花さん、焼酎のボトル、入れよか。飲みきれんってことはないやろ?」

「もとより私の好物は焼酎のお湯割りだ」

「ほな、決定」

「ああ、頼む」

「お酒の匂いを嗅いでいると、こちらも酔っ払った気分になります」千鶴がゆらゆらと頭を揺らした。「酔うとこんなふうに色っぽい気分になるものなのですね、ふふふのふなのです」

「色っぽい気分の結果。ずばり、どういうことなんだ?」


 千鶴が「楡矢さん!」といきなり叫び、「抱いてください!」などと突拍子もないことを言った。


「さっき言うてたこととまるで違う。そうか。怪しいとはおもてたけど、千鶴は酔ってまうとずばりそないな気分に陥ってしまうんか。危ないなぁ、危険やなぁ」

「楡矢さんが相手だから言っています。それ以外の殿方には言いません」

「せやろうな」

「楡矢さんは私のことを信用できないのですか!」

「声を荒らげなや。周りが見るさかい」


 うぅっ。不本意そうな声を漏らしつつ、千鶴はテーブルに突っ伏した。隣に座っている私は、千鶴の背をそっと撫でてやった、特段の理由はないし、千鶴が千鶴でどうして悩ましい声を上げようが関係ないのだが。


「安売りするつもりはないのです。微塵もないのです。ただ、なんだか焦ってしまって……」顔を伏せているせいでくぐもった声で話す千鶴である。「周囲の話を聞いていると、そんなことばかりなのですよぉっ。みんな『まだなのぉ?』とか笑うのですよぉぉっ!」


 おまえらしくないなと、私は言い。


「せやけど、鏡花さん。年頃の女のコなんてそないなもんや思うで? そういうことには当然、興味あるやろう」

「その結果妊娠してしまい、不幸になった連中を何組も知っているんだが?」

「それはありえる。俺の周りにも、そないな奴ら、ぎょうさんおったもん」


 私は鼻から息を吐いた。


「ならば、やはり千鶴には慎重であれと言うべきではないのか? 違うか?」

「違わへんなぁ。右も左もわからん女子高生を外に出すわけにはいかへんなぁ」


 千鶴が「だったらです!」と大きな声を上げた。


「私はいっそ、一生、処女を貫くのです!」


 私と楡矢は顔を見合わせた。


 私は「それも一興」と言い、楡矢は「同感」と答えた。


 千鶴がキラキラとした目を寄越してくる。


「3Pです、3Pなのです! 早速、取りかかりましょう、お二人さま!!」

「つい今しがた、処女どうこうと言っていたように思うのだが?」

「だいじょうぶです。みんなが気持ちよくなれば良いだけなのですからっ!」


 性的な行為や現象においてそれは真実なのかもしれないが、私はもちろん、楡矢も馬鹿馬鹿しく思ったことだろう。


「想像するだけで気持ち良くなれるから、俺はそれでええよ、ちゅうか勘弁してくれや」


 楡矢の苦笑が印象的だった。


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