四十ニノ01
店を開けつつの昼飯どき。私は冷や麦を食べていた。最近、商品がよく売れるのでさほどケチる必要はないのだが、贅沢をするつもりはないのだ。このまま質素に暮らしていけば多くの貯金を得られることウケアイだ。では、残った資産はどうしようかという思考に至るわけだが、千鶴とカイトにくれてやってもいいだろう――私は地球みたいに寛大なのだ。
――ケータイが鳴った。着信音は「ツァラトゥストラはかく語り」。特にディスプレイを見ずに出てみると、『おっはー』と、楡矢だった。「おっはー」はないだろう「おっはー」は。何年前のネタだ。
『結論から話すことにするわ』
「そうしろ」
『千鶴のガッコがテロリストに占拠されてしもたみたい』
私は額に右手をやり、ゆっくりと首を横に振った。
「結論から言いすぎだ。それじゃあなにもわからん」
『ほら、教室ってだいたい長方形やん?』
「ああ、そうだな。それで?」
『四方の隅に、プラスティック爆弾やってさ。『SAT』は準備万端。せやけど、人質を解放するまでには至らへんかもなぁ』
「馬鹿を言え。人質の解放が最優先事項だろうが」
『そうも言ってられへんくらい剣呑なんが、この国の現状なんやよ』
私は口を尖らせ、鼻からふんと息を漏らした。
なにを知ったふうな口を。
まあ、楡矢だから許してやろうとは思うのだが。
「それで、おまえは私なにをしろと?」
『千鶴の最期になるかもしれへん。見届けたくない?』
「軽々に最期などと言うんじゃない。怒りを覚えるぞ」
『SATの連中より、実戦経験は多いって考えてる』
「おまえが、か?」
『相手は素人なんや。カーテンすら引いてない。やらなな、これは』
「狙撃してやる。そういうことか」
『問題は誰が起爆スイッチを持ってるかってことなんやけど』
「話し合いの余地は? ほんとうに、もうないのか?」
『ありゃしませーん』
ケータイを左の頬と肩のあいだに挟み込み、ずずっと冷や麦をすすった私である。
「あらためて問おう。教室にいる犯行者は何人だ?」
『二人やね。せやったら、秒でヘッドショットかましてやればって話ではあるんやけど』
「自信がないのであれば、やめておけ。いくらおまえがあちこちに顔が利くとは言っても、その先もそういった人生を送っていこうというのであれば、関わる理由は微塵もない」
『せやけど、千鶴は友だちやさかいなぁ』
「どこから撃つんだ?」
『区役所の屋上。ベスポジ。一人は間違いなく殺れる。ただ、もう一人がなぁ』
誰も見ていないにもかかわらず、私は小さく肩をすくめた。
「やれなくてもやるんだよ。やれないこととは、そういうものだ」
楡矢が押し黙ったような雰囲気があった。
『鏡花さんにそない言われたら、なんや、だいじょうぶな気がするな』
「同行しよう」
『邪魔でしかないんやけど?』
「それは本気で言っているのか?」
『うんにゃ。冗談やよ。それでも、助けられへんかったら助けられへんかったで、千鶴のことは諦めて見てやってほしい』
「何時だ?」
『もう行く。当該で待ち合わせやな』
「食事を終えたら、向かうとしよう」
通話を切ると、私はあらためて、食事を進める。梅干しの酸っぱさが、無愛想な冷や麦に、よく合った。