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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
四十一.肝試し
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四十一ノ03

「ひゃあっ、うひゃぁっ!」


 旅館の跡地――廃墟のコンクリート造りのホテルに足を踏み入れるなり、カイトが大きな声を出す。自分の足音に驚いているのだ。私はまあそれでもいいだろうと考えたのだが千鶴は気に入らなかったらしく、細い右脚でカイトのしりを蹴飛ばした。


「カイト、静かにしてください。おばけが逃げちゃったらどうするんですか」


 えぐえぐと涙を拭うカイトである。「おばけなんて嫌だよぅ。怖いよぅ。もう帰ろうよぅ……」


「旅行についてきたことから発生するそれなりの義務。あなたはそれを背負っているのですよ?」

「それはわかってるけど、怖いよう……」


 千鶴が仕方ないといった感じで、カイトの右手を左手で握った。


 カイトは「千鶴、ホント、おまえってイイ奴だよな」と言い、涙声を出す。「いいからついてきてくださいなのです。私だって、早いところ終わらせたいのですから」と千鶴は述べた。


「えっ、そうなのか?」

「ええ、そうなのですよ。ですから、速やかに先を行きましょう」


 右手にはランタン持ち、左手ではカイトの右手を握り、千鶴はのっしのっしと前進する。頼もしい背中である。


 どこからかなにやら硬質そうなものが落ちる音がした。当然、「ひゃぁっ!」と悲鳴を上げたカイトである。「帰ろう帰ろう帰ろう!」と取り乱す。


「そうもいきません。これではっきりしました。このくたびれきった旅館には、なにかいるのですよ」千鶴は冷静だ。「ヒトの気配に敏感なようですね。だとしたら、大したおばけではありませんよ」

「お、おばけじゃなかったらどうするんだ? 怖いじゃんか。男どもがたむろしてたらどうするんだよ」

「見つかり次第、走って逃げます」

「えぇ、ええぇぇぇっ!?」

「鏡花さんはだいじょうぶですよね」

「ああ。脚には自信がある」

「カイトは?」

「俺、走っても遅いよ」


 千鶴は「であれば、カイトを男どもに献上し、その隙に、私は鏡花さんとダッシュで逃げます」などと無情なことを言った。


「や、やだよ、俺、置いてけぼりはやだよぅ……」といよいよめそめそ泣き始めたカイトである。「どうか置いていかないでくれよぉぉ……」

「冗談に決まっているではありませんか」

「そ、そうなのか?」

「私のリュックにはスタンガンが入っているのです。だいじょうぶなのです」


 カイトは「よかったぁ」と胸を撫で下ろし、一方で千鶴はやはり「さぁさぁ、ちゃちゃっとこなしてしまうのですよ」と張り切っている。


 また物音がした。大きな岩を落としたような、重量感にあふれる音だった。案の定、カイトが「うひゃぁっ!」と声を上げた。


「鏡花さん、ここは一階です」

「言われなくたってわかる。たしかに一階だ」

「音はたぶん、二階からしました」

「だったら、二階に上がってみよう」


 千鶴が「うーん」と考える素振りを見せた。


「鏡花さん」

「なんだ?」

「私の無意識における察知能力なんて知れているとは思うのですけれど……」

「まあ、いい。言ってみろ」

「やっぱりこの建物、ヒトの匂いがしますですよ」


 賢い、または聡い女子だ。たしかにおばけや幽霊の類ではない、ヒトの臭さを感じてしまう。


「ど、どうするんだ? ほんとうに二階に上がるのか?」

「カイト、そりゃそうですよ。なにかがいるわけで、だったらそれを見極めたいではありませんか」

「正直、帰りたい……」

「だったら、ここに捨て置くのです。旅館には一人で帰ってくださいなのです」

「だからぁ、だからぁ、それは怖いって言ってるんだよぉぉぉ」

「うるさい(やから)は死刑なのです」

「わ、わかった、わかったよ。その代わり、手、ずっと握っててもいいか?」

「かまいません。一蓮托生です。一緒に前に進みましょーっ」

「千鶴、おまえはほんとうに出来た奴なんだな」


 仮にそこに女子高生同士の性の盛り上がりがあるのなら鼻血ものなのだが、この暗闇の中で二人をああだこうだするのもなんなので、千鶴に続き、ひとまず前進を続けることにする。


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