四十ノ02
黙して微動だにしないのもなんなので、私は少年を茶の間に招き入れ、麦茶を出してやった。まだまだ「すべては神の戯言だ」とのたまうあたり、こいつはなんのつもりなのか。そこらへんはっきりさせたいのだが、まあいい、ほうっておこうと思う。
「すべては神の戯言だ」
まだそんなことをのたまう。やはりアホなのだろうか。少なくとも、当初抱いた興味深さは消え失せつつある――のだろうか。とにかくともあれアホはアホだ。アホのままでいい。
「鏡花さーん!!」
店のほうから、そんな大きな声がした。知っている声だ。茶の間から店内に顔を出すと、たしかに楡矢がいた。いつもの赤いジャケットにタイトな茶色いパンツ。
私は店内に出ることはせず、茶の間の縁から、「こんなところでのんびりしてていいのか? ソロモンの件はどうした?」と訊ねた。すると「おたがいにしばしの休憩」と苦笑のような顔を寄越してきた。
「まあ、いい」
そんなふうに答え、「麦茶は? 飲んでいくか?」と訊いた。「おおきにね」と楡矢は笑った。悔しいが魅力的だし、そこにあるのはかわいらしさだ。まったく、いちいち胸の内を掻き乱されて嫌になる。
「あれ? コータやんか」
楡矢が先客である少年を見て、そんなふうに言った。
「知り合いか?」
「うん。ちょいあってね。高校、楽しんでるかぁ?」
「ふはははは、楡矢さん、すべては神の戯言だ」
「おまえ、もう高二やろ? せやのにまだそないな口利いてるんかいな」
楡矢は呆れたように、ため息をついた。
「楡矢さんと鏡花さんは知り合い同士だとお見受けする」
「いやな? せやからな、コータ。おまえはもうちょい世間に馴染むようなしゃべり方をしたほうが――」
「戦争という行いは建設的ですか?」
「ああ、そういやぁ、おまえが学校卒業したら、連れてったるって約束やったな」
「いまの私にはそれくらいしか楽しみがない、ふっははは」
眉をひそめた楡矢が見てきて、だから私も眉根を寄せた。
「あんまりそないなことばっかのたまってると、友だちなくすぞぉ」
「楡矢さんがいればそれでいいんですよ。あと、鏡花さんもいますし」
「おい、ちょっと待て、コータとやら。私はなにもおまえと友人になってやる気は――」
「いいえ。私たちはもはや切っても切れない友人同士なんです。ご不明な点がありましたら、カスタマーセンターにお問い合わせください」
「速やかに電話番号を教えてくれ」
「嘘ですよ、鏡花さん。冗談に決まっているじゃありませんか」
正直言って、この少年のことを、いよいよひっぱたきたくなってきた。
「それでは、去るといたしましょうか」
コータはローファーをはくと、店内から外へと出ていった。何様なのだと思うし、何者なのだと勘繰らざるを得ない。「ふははははっ」と笑っていたのはどういうことだろう。あまり良い心地はしない。ああ、そういえば、漢字を見てやるのを忘れたなと思う。漢字自体をあまり重要視していないせいか、こういうことは、ままありえるのだ。
もはや楡矢は、ちゃぶ台のまえで、ぐびぐびと麦茶を飲んでいた。飲み干し、「おかわりぃっ!」などと言う。素直に聞いてやるあたり、あるいは私はマゾなのかもしれない。
「コータのこと、知りたいやろ?」
「そのとおりだ。話してみろ」
「ちょいとばかり、複雑なんやけど」
「努力して端的にまとめろ」
はいな。
そう返事をすると、楡矢はまた、麦茶をぐびぐび飲んだ。
喉仏の浮き沈みが、私には色っぽく映った。