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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
四十.すべては神の戯言だ
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四十ノ01

 身なりからして高校生くらいの人物、あるいは生物――か。緑のブレザーを着た少年は、棚から文庫本を抜き取ると、しゃがみ込み、時折頷きながら、読書に勤しんだ。大した商品など置いていない自信と自負がある。なのになんだか興味深そうに目を通しているようなのである。少年。大人びた感のある――それでもそれはまさに美少年の横顔。気合いを入れて見れば見るほどその道における商業的価値が高いように感じられる。ひとむかし前の歌舞伎町に踏み込んだら最後、ソッコーで行方不明になり、穴という穴が著しく傷ついた状態で腐った水の臭いが絶えない暗く湿った路地裏なんかで裸で発見されることだろう。あるいは頭でっかちでもあり、「キューバ危機さえなければ私もノーベル賞を――」とかのたまったりするのだろうか。もしそうであれば、私は少年の思想の根幹を成す身体を物理的に愛してしまうことだろう。望まれれば咥えたり挟んだりくらいはしてやるに違いない――なにをとは言わんが。


 少年がレジの向こうにまでやってきた、赤いネクタイを整えることもなく馬鹿正直にまっすぐに立つ――まあ、それだけでも絵にはなる。


「おまえは誰だ? 二度目三度目であれば教えてもらいたい」

「いや。よく来たな少年、などと言っていただきたい」

「は?」

「俺は中二病を患っています。ダメですか?」

「そんなことは誰も言っていない」

「俺ってじつは対話型のインターフェイスを有するマシンなんです」

「だったら、おもしろい。つねづね、AIとはじゃれあいたいと考えていた」

「しかし、残念ながら、嘘なんです」

「それはそうだ。シンギュラリティを迎えた話は、まだ耳にしたことがない」


 最近、街を歩いていたら、同じような髪型ばかりを目にすると思っていた。アホな色に染めているか、なよなよとセンターで分けているか、あるいはそれらの合わせ技か……決まってそのいずれかだ。私がOLをやっていたときのほうが、若者にはまだバリエーションという概念があったように思う。ちなみに目の前の少年は銀髪で、一般的に言えば長髪にカテゴライズされる。ひらひらとパーマがかかっている。まあ、そういったことを含めて、ヘアスタイル一つでヒトを判断するなという話ではあるのだが――。


 少年がいよいよ近寄ってきた。レジ台を回り込み、すぐそこで笑った。生きてきた時間も違えば背負っているステージも違うだろうし、そうである以上、なにより価値観が違うだろう。


「姐御殿、あなたのお名前は?」

「名乗る必要が? というか、姐御殿とはなんだ?」

「すべては神の戯言(ざれごと)だ」

「は?」

「お名前を言い当てるとしましょう」

「言ってみろ」

「いえ、わかりません。なんとなく言ってみただけです」

「おまえなぁ」

「おや、呆れられますか? この程度で呆れると?」


 私は顔をゆがめた。

 大人を軽んじ、からかうようなところは、よくない。


「つまらん少年だ。帰れ。いまなら殺さないでやる」


 少年はバッと両腕を広げた。

 いきなりのことだったので、私は多少身を引き、驚いた。


「ええ、そうです。すべてはミームが成すことです」

「ミーム?」

「言わば、心の遺伝子です」

「まるで用のないファクターだ。縁遠くもありたいんだが?」

「せっかくの機会だ。話し合おう」

「なぜ急にタメ口になった?」

「すべては神の戯言だ」


 話をするのもうっとうしくなってきたので、私は立ち上がり、少年の左の頬をべしっと張ってやった――しかしめげずにといった具合に、少年はあらためてこちらを向いた。ほんとうに自信満々の目をしている――なぜだろう。


「ふはは、痛いじゃないか、姐御殿」

「いよいよ気持ち悪くなってきたぞ、おまえ」

「気持ち悪い。とてもよく言われます」

「だろうな」

「しかし、そんなことはどうでもいい。まあ、聞いてください、姐御殿」


 この先も「姐御殿、姐御殿」と言われたらたまったものではないので、正直に「三上鏡花」だと名乗った。するとさっそく「鏡花さん」などと下の名前で呼び。しかし「それでいい」と私は告げ。


「鏡花さん」

「だから、こちとら鏡花さんだが、だからといって、なんだ?」

「自分が明日死んでしまうとしたら、あなたは最後になにをしますか?」

「は?」

「すべては神の戯言だ」

「それはわかった。無駄にカッコをつけなくていい」

「僕の命は残り少ないそうです」

「嘘をつくな」

「はい、嘘です、冗談だよ、鏡花さん。あなたは勘がいい」


 ドのつく阿呆っぽい少年だからこそ、興味が湧かないこともない。


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