三十九ノ01
その男は、ゆったりと訪ねてきたのだった。燕尾服のようなデザインの灰色の着衣をまとっている。白い髪が長い。年を重ねているように見える。だが、それでも四十台前半くらいではないのか。そんな予感が、する。
男は「ベネデク・ジャック・スーリヤという」と名乗った。スーリヤ。太陽の化身というわけだ。傲岸不遜で、偉そうな雰囲気がある。まとう空気はたしかに只者ではない感に満ちている。
「俺は、とあるPMCのニンゲンだ。クワガタ・ニレヤと言って、わかるか?」
途端、背筋がざわとなった。
「知っているが、スーリヤ殿、だったらなんだというんだ? 会ったばかりだというのに、私の交友関係にケチをつけるつもりかね?」
「そんなつもりはない」
「腰の一振りが気になるな」
「俺は臆病なんだ」
「警察に見咎められてもおかしくないと思うんだが?」
「俺はそれほどこの国には来ない。そうでなくとも、寄ってこない。俺はそういう生き物なんだよ」
「なるほどな」
「ああ」
「それで、なんだったか」
「楡矢の動向を知りたい。わけがわからないことになっているんだ」
私は「ほぅ」と口をすぼめ、それから、「そも、どうして私と楡矢が懇意だと?」と訊ねた。するとスーリヤは「それは問題とは言えないな」と答え、「とにかく奴さんの居所を探している。なにかを口外されると、困るんでな」と締め括り。
「楡矢は馬鹿だが、頭の悪いニンゲンではないぞ」
「それを知っているから、注視している。たとえば『カンパニー』にでも駆け込まれたら、俺たちは少々の迷惑をこうむることになる」
「『カンパニー』か。生きているうちにそんな言葉を聞くことになるとは思わなかったよ」
「ロボット同士を戦わせればいいという意見は馬鹿げている。そこまで小回りは利かないし、汎用的でもないからな。局地戦においては無力だ。しかし、もうサイボーグが実用化されている段階だ。シンギュラリティも現実味を帯びている。ならば、なぜヒトのほうが尊いのか、わかるか?」
「ヒトにはまぎれがあるからだろう?」
「正解だ」
スーリヤは口元を緩めてみせた。
四十過ぎなのは間違いなさそうだが、とにかく渋く、魅力的に映る。
「楡矢はイイ奴だ」スーリヤは顎の白い無精ひげを撫でながら、そう言った。「親友にはなれないかもしれないが、いい友人にはなれるように思っている」
「だったら、探せ」
「どこに行ったんだろうな」
「ん?」
「どこに行ってしまったんだろうなと言っている」
二つ三つと深く頷いた、私である。
「大人の世界だ。難しい話なんだと思う」
「俺はくだんの『キャプテン』を知っている」
「キャプテン? 楡矢の上官のことか?」
「ああ、そうだ。あの男は兵としては最強だったように思う」
「現地の子どもに殺されたと聞いたが?」
「らしいな。らしくないとは思わなかった。むしろ、らしいと思わされた」
私は腕を組み、上目遣いでスーリヤを見つめた。
「スーリヤ、おまえはつまるところ、どうしたいんだ?」
スーリヤは妖しげに笑った。客観的に見れば、非常に目を引く男である。顔立ちもそう、まとうニュアンスもそう。仮にこいつがなにかの集団を率いているのだとすれば、それはとても規律的なものだろう。
「俺は簡素で安易な拳銃というものが嫌いでな。だから代わりにいつも刀を提げているというわけだ」
「それはもう聞いた。活人剣か?」
「俺が抜くときはヒトを斬るときだ」
「だったら、ここでは抜くな。私はまだ、満足するほど、生きていない」
「素敵なセリフだ」
スーリヤは身を翻した。
「また来る。そのときは楡矢の連絡先を教えてもらいたい」
「なぜ楡矢にこだわるんだ?」
「誰かになにかを漏らされると困るからだ」
「それはわかった。そもそもの話だ」
「あいつは早々に死にたがっている」
「そうは見えんが?」
くつくつと笑った、スーリヤ。
「俺はツゲの代わりだ」
「直接、来ればいいだろう? 実際、来たぞ?」
「彼女は会社の経営、部隊の指揮で忙しい」
「ニッポンはどうだ?」
「平和ボケしているな。どうして核を持たない?」
私は肩をすくめてみせた。
笑ってもみせた。
スーリヤは顔を横に向け、「なにがおかしい?」と怪訝そうに言った。
「気にするな。こっちの話だ」私はますます笑む。「スーリヤ殿、この商店街へは二度と来るな。平和ボケも、悪いことばかりじゃあない」
「楡矢次第だ」
「ツゲが楡矢の命を狙う事情が、もう一つ、はっきりせんな」
スーリヤはあっちを向いたまま、両の手のひらを肩の高さまで持ち上げた。
「かわいらしくてしょうがない男を失くすることで、前に進みたいんだろう」
「楡矢は災難だな」
「もう行く。俺ももう、あんたに会わずに済むことを祈っている」
「とっとと去れ」
「そうさせてもらう」