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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
三十八.ばかやろーっ!
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三十八ノ02

 千鶴に恋心を寄せている男子の名はカナメくんというらしい、野球部の主力メンバー。練習試合には勝利し、「やったやったぁっ!」とぴょんぴょんと跳ねた千鶴である。カナメくんはこのうえなくはにかんだ。自ら手を出して握手を求めるあたり、千鶴はよくできた人物だと言える。やはり照れくさそうにそれに応じたカナメくんのなんと愛おしいこと。しかし千鶴はさっぱりと振り返り、「さあ、用事は済んだのです。私はカナメくんにもう用がないのです」と言った。カナメくんがしょんぼりするのは当然の話であるが、千鶴は「行こう行こう行きましょう」と私の手を引くので始末。だから早々に立ち去るのである。カナメくんに右手を振ってみせたのは、私のせめてもの優しさなのである。


「千鶴、おまえ、あちこち案内してくれるのだと言っていたな?」

「言いました。ですけど、校舎に立ち入ると、ややこしそうなのです」


 私は吐息をついた。


「早く帰ろう。焼き鳥でも奢ってやる」

「おぉぉ、それはじつに魅力的な条件なのです」

「なにがとは言わんが、校内にいると息が詰まる。行くぞ」

「はいなのです!」


 大股の私にもっと大股でついてくる千鶴。聞き分けのいいガキだ。こちらの意図をきちんと酌んでくれる。


 体育館の出入り口という出入り口がすべて開け放たれていた。「やっているのは、バレーボールかな? あるいはバスケットボールかな?」などと頭に思い浮かべつつ、なかを覗いた。「鏡花さんは屋内競技にご興味が?」などと訊かれたのだが、そんなことはどうでもよく、私はバレーもバスケも好きなのだ。


 一人の少女が、「ばかやろー、ばかやろーっ!」と叫びながら、バスケットボールを壁にぶつけていた。なにが「ばかやろーっ!」なのだろう。じつに興味深い事象だ。私は灰色のクロックスを脱ぎ、体育館に足を踏み入れたのである。「なにが気に食わないんだ?」と訊ねてやると、少女はビクッと身体を跳ねさせ、こちらを向いた。私と同じく黒縁の眼鏡をかけている。私が微笑んでみせると、訝しむ様子も見せず微笑みを返してきた。どうやら賢い人物であるようだ。


「少女よ。悩みがあるなら私が聞いてやるぞ」

「返ってくるものって、なにかあるんですか?」

「私のことをその壁だと思えばいい」


 少女は――長い黒髪に眼鏡の少女は、「しょうがないなあ」とでも言いたげに笑い。


「ウチのバスケ部は弱小なんです」

「それで?」

「私はチームを強くしたいんです。それならということで、練習メニューを考えろと言われました。偉そうに言うと、それを実行しました」

「で?」

「そしたら、みんなにおまえはめんどくさい奴だ、みたいに言われました」

「理想と現状の隔たりが大きすぎる。よくある話だ」

「悔しいです」

「ん?」

「私は一生懸命に考えたのに、誰もついてきてくれないって、悔しいです」


 私は苦笑するように笑み、「それはそうだろうな」と理解を示した。


「やっぱり悔しいです」

「そう言うわりには、おまえは泣かないんだな」

「泣くことはもっと悔しいです。私は間違っていないはずです」

「間違っていないよ」私は笑った。「少女よ、言っておこう。ときに天才というものは凡人には理解されず、苦しむものなんだ」

「私は天才でなくてもいいです。私はバスケ部を強くしたいだけです」


 少女はまた、「ばかやろーっ!」と壁に向かってボールをぶつけた。彼女は部員にはもちろんのこと、うまくやれない自分にもボールをぶつけているように感じられる。


「ばかやろー、ばかやろー、ばかやろーっ!」


 少女に感化されたのか、千鶴は心底悔しそうに涙していた。


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