三ノ04
私の家の茶の間にて、まあるいちゃぶ台を三人で囲んでいる。緑茶を淹れてやった。「どうして屋内でも、その大きなキャスケットを取らないのですか?」と千鶴はもっともなことを言う。するとカイトはぎゅっと目を閉じ、意を決したように頭を晒した。ぴょこんと立った猫耳を見て、千鶴は両手を上げた。メチャクチャびっくりしている。無理もない。
「えぇぇぇぇっ?!」万歳をしたまま声を上げた千鶴である。「なんですか、その耳は! ボンドかなにかでくっつけたんですか!?」
「そんなわけないだろぉ……」カイトはしくしく泣きそうな顔をした。「生まれつき、こうなんだよぉ。軽蔑するよなぁ?」
「しませんですよ。かわいいではありませんか」
「えっ、そうなのか?」
「どうやらカイトさんは思い込みが激しい性格のようですね」
「うっ、それは否定しないけど……」
「お触り厳禁ですか?」
「い、いや。ちょっとくらいなら……」
カイトが頭を垂れた。いかにも柔らかそうなその耳に、千鶴は触れる。「ひゃあぁっ。手触りサイコーではありませんか」と感心したようだった。「もふもふなのです。もふもふなのですよ」と続けた。
「千鶴は僕の友だちになってくれるか……?」
「おぉう。その照れた表情もサイコーなのです。なって差し上げますですよ。というか、猫耳の僕っ娘とかっ。勃ってしまいますですよっ」
「な、なにが勃つんだ!?」
「それはもうクリト――」
「やめろぉっ! それ以上は言うなぁぁっ!!」
「カイトはうぶなのですね。だけど、そのあたりもまた、かわいいのです」
「うぅぅぅぅ……。ともかく――」
「ですから、友だちにはなってあげますですよ。もはや萌えまくりなので」
「あ、ありがとう」
頬を桃色に染め、右手で頭を掻いたカイト。私も手を伸ばして耳に触れてみた。ぴょこぴょこと動く。どうやら勝手に反応してしまうらしい。性的にこそばゆく感じてくれたらおもしろいのだが、そういうことはないようだ。ただただくすぐったいだけのようだ。
「これは鏡花さんの望んだ展開なのですか?」
「まあ、そうだな。カイトの世界は著しく狭い。友人くらい作ってやろうと考えた」
カイトは目に涙を浮かべた。「うえぇ」などと泣き声を発し、「ありがとう、鏡花。ありがとう」とくり返した。
「めそめそするな。おまえは大いに喜ぶだけでいいんだよ」
「そうする。そうするよぅ」
「質問なのです」千鶴が「はい」と右手を上げた。「お二人はどうやって知り合ったのですか?」
そのへんの事情を、掻い摘んで話した。千鶴は腕を組み、「ふむふむ」と納得したようだった。
「宗教団体ですか。言い方を変えれば公益法人ですね。それはなんだか危険な香りがしますですよ」
「や、やっぱりそう思うか? でも、マキナさんはイイヒトなんだよ」
「鏡花さん、それは間違いないのですか?」
「概ね、そのとおりだ。3P以上が好きな女ではあるが」
「ほほぅ。変態なのですね」
「変態は言いすぎだ。性癖の問題でしかないからな」
刺激的な単語が飛び交ったせいだろう、精神的に幼いカイトはまた頬を赤くした。
「猫耳が市民権を得るような世の中になればよいのですけれど」
千鶴の言うことはもっともだ。
「でも、そんなの難しくないか?」口を利くカイト。「友だちができて嬉しいとは言ったけれど、まともに暮らすことなんて無理だろうって思ってる」
「そうでしょうか? 猫耳には一定以上の需要があると思うのですけれど。カイトは巨乳ですし、そういった記号の持ち主は、人気があると思うのです」
「巨乳ではあるかもだけど」カイトはゆるゆると首を横に振った。「やだよ。身体目当てとか。死にたくなるよ」
「極端なヒトですね。きっかけはなんだってよいではありませんか」と千鶴はズバッと言い。「私の胸なんてぺったんこですよ? それでも結構、男子に告白されたりはするのです」
「えっ、そうなのか?」
「おっと、ともすれば失礼なリアクションなのです」
「あ、あぅ、ごめん」
千鶴は腕を組み、再び「ふむふむ」と頷いた。
「いっそ、出会い系的なサイトなんかに頼ってみたらいかがでしょうか?」
目を見開き、カイトは「とんでもない」と、かぶりを振った。「それはナシだ。ナシだよ。自分の恋人くらい、ちゃんと自分で見つけたいんだ」
「出会い系サイトを使ったところで、自分で探し当てたという事実に変わりはないのです。べつに手段はどうでもよいと思うのです」
「う、うぅぅ、そうかなぁ」
「それがお嫌なら、何人かご紹介することは可能です。私が知る中にも、カッコいい男子はいますですよ」
俯いたのはカイトである。考えている。「じゃ、じゃあ、お願いしてみようかな……」と、おっかなびっくりな感はあれど、乗り気な様子を見せた。「よっしゃなのです」と千鶴は快諾した。
「ただ、スーツはダメなのですよ。エロい身体をひけらかすべく、女のコらしいファッションで臨むのです」
「だ、だからエロいとかっ――」
「エッチがしたい、セックスがしたい。その気持ちは素直で率直で、だからこそ尊重されるべきことだと思うのです」
「うぅぅぅぅ……キャスケットもダメか?」
「それは許容しますですよ。いきなり生身はおつらいでしょうから」
「わ、わかった。頼むよ。形式的には、これって合コンになるのかな……?」
「そうですね、合コンです」
ここでカイトが「きょ、鏡花はどう思う? さっきから黙りっぱなしだけど」と話を振ってきた。
「何事も経験だ。参加してみるのもアリだろう」緑茶をすする、ずずっと。「ろくすっぽ知りもしないのに男を嫌う。それはよくない」
「わ、わかった。鏡花がそう言うなら」カイトはこくりと頷いた。「行ってみるよ。千鶴、お願いしていいか?」
「巨乳の僕っ娘。絶対にモテますですよ」
「だ、だから巨乳とかっ――」
「ソッコーでセッティングしますですよ。明日でよろしいですか?」
「さ、早速明日なのか? 心の準備が、まだ――」
「じゃあ、いつになったら準備ができるのですか?」
「そ、それは……」
「明日で大決定です。今日みたいに放課後、校門の前で待っていてくださいなのです」
カイトが不安げな目で見てくる。
私は頷くだけに留める。
「な、なあ、千鶴」
「まだなにかあるのですか?」
「か、仮に変なことでもされたら、って……」
「そこは黙してくださいなのです」
「えっ、えぇーっ」
「自分をすり下ろし、また自尊心をすり減らすくらいの覚悟と意気込みがなければ、恋は実らないのですよ」
千鶴は成長した。
まったくもって、そのとおりだ。
私は「とにかく行ってこい。報告は受けてやる」と告げた。「恋人ができればラッキーくらいに思うことだ」と言い放った。
「ううぅ、うぅ……」まだ煮え切らない表情のカイトではあったが、間もなくして「わ、わかったよ。がんばってみるよ」と結論を出した。そう簡単にうまく回るとは思えないが、幸あれとは思うのだ。