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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
三十七.切り裂き魔
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三十七ノ03

 ガタンガタタン、ゴトンゴトン。

 電車は静かに唸りながら、前進を続ける。


 髪の短い男で、顔のほとんどがやけどの痕でぐちゃぐちゃになっていた。膝立ちのまま、ただひたすらに両の目から涙をこぼす。そのうち手で顔を覆い、大きな声――は出すことなく、悔しそうに、悔いるように、絞り出すようにして泣きだした。


「僕がなにをしたっていうんだ。なにをしたっていうんだよ……っ」


 そのセリフ――思いの溶けた声を絞り出した時点で、まだ高校生くらいだろう、パーカー男、もとい、やけど男の不遇が窺えた。


 私はやけど男を見下ろし、無意識にデニムパンツの左のポケットを探った。ああ、もうすっかりやめたのになと思いつつも、こういうやりきれない思いに駆られたときは、煙草を吸いたいものだったなと思い出した。かわりにとは言わないが、やけど男の漢字を見てやった。やはり「悔」とある。「怒」に変化した。やり切れない思いを抱えていることは間違いない。


「男衆」


 私がそんなふうに呼びかけると、おっちゃんとあんちゃんが揃って「は、はい」とどもりながら返事をした。私だけが持ちうる迫力に気圧されたのだろう。


 私は「男の処遇は私たちで決めさせてもらう」と言い、「なにせ、被害者は私の友人なんだからな」と続けた。


 ぐちゃぐちゃの顔をぐしゃぐしゃにして泣いているやけど男の頭を、私は無造作に撫でてやった。


「話してみろ。つらいことがあるなら、せっかくだ、吐き出していけ」

「だから、僕なんて、僕なんて……っ」

「いつ負った?」

「答える義務なんて……っ!」

「答えろ」

「三歳のとき……」

「虐待か?」

「……うん」

「不幸だな」

「他人事みたいにっ!」

「だって、他人事だからな」

「くっ……」


 私はまだ、やけど男の頭をくしゃくしゃと撫でている。嫌がらないあたり、助けを求めていたのだろう、誰かに慰めてほしかったのだろう。


「……ごめん、なさい」

「ん?」

「こんなこと、したいわけじゃない。したかったわけじゃないんです……」

「だったら、なにがしたかったんだ?」

「ヒトの幸せを壊したかったんです」


 高らかに笑った私である。


「そうか、少年。おまえにはこの女が幸せに映ったか」

「えっ。違うんですか?」

「カイト、おまえはどう思う」


 カイトも膝立ちになり、そして、ためらう様子もなく、ブルーのキャスケットを取り払った。露わになった大きな猫耳を目にして、車内の誰もが目を見開き、息を飲んだのがわかった。


「俺だって、こんなんだよ」カイトは苦笑のような表情を浮かべた。「たぶん、あなたとおんなじだ。まともに学校になんて通えてない。いまだって通ってないんだぜ?」

「そのわりには、幸せそうで……」

「だって、俺には友だちがいるもんよ。多くはないけど、すごく大切な友だちなんだ。だから俺は元気だぜ? 元気いっぱいに生きてるんだぜ?」


 やけど男は目元を両手で押さえ、いよいよ嗚咽を漏らした。そんな彼のことを、カイトはそっと抱き締めたのである。


「俺が友だちになってやるよ。世の中ってな、そんなに捨てたもんじゃないんだぜ?」


 おっちゃんもあんちゃんも、ぐしゅりと鼻を鳴らした。感動したのかもしれない。実際、そういう場面である。


 ヒトのことを助けられる、あるいは面倒を見ようとするカイトは、一皮剥けたのだろう。頼もしい限りである。猫耳についても「コスプレなんだ」と冗談が言える日が来るのかもしれない。誰もが笑い合える世界というのは、得難い空間だろう。


 やけど男の漢字が「嬉」に変化した。


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