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三十五ノ02

 ガキんちょの二人――千鶴とカイトが失せたのち、ちょうどと言うかなんと言うか、なんとも表しがたいタイミングで楡矢がやってきた。あいにく冷たい麦茶は切らした。毛頭、茶の間に上げてやるつもりもない。だから店内にて折り畳み式の丸椅子に座らせた次第である。


「『CFW』ね」と言い、楡矢はまるで照れるようにして、右手で頭を掻いた。「知らん仲やないよ。むしろ、身近な連中かな? ははっ」


 馬鹿みたいな線がつながったせいで、私は馬鹿みたいに笑うことを強いられた。名うてのPMCと仲良し? ツッコミどころが満載である。それでも冷静な私はなんと尊いことだろう。


「話せとは言わん。おまえのなかでケリをつけろと言いたい。私には無関係の話題だからな」

「それでも聞いたってくれへん? 金なら払うさかい」


 私は吐息をついた。あえて下品な言い方をしたことが深く理解できたからだ。楡矢はなにも隠そうとしていない――そこにある理由については見当もつかない――否、じつはわかっているのだが。


「CFW……なんのイニシャルかわかる?」

「いろいろと考察した。結果、行き着いた。『Contract Forces of World』――違うなら言ってくれ。


 さすがやな、鏡花さんは。そう述べて、楡矢は苦笑いとしか言えない表情を浮かべた。


「そうなんよ。世界の平和は自分らが担うって言うてるんや。せやけどそのじつ、『きれいな海』って呼ばれる場所から派兵をくり返してるだけなんやわ。そんな組織のなかにあって、唯一の人物とされているニンゲンがいる。いまの立場は『副司令』。それ、誰やと思う?」

「だから、それが、ツゲ・イクミなんじゃないのか?」

「あなた、勘、よすぎ」

「いまある情報だけをもとに当てずっぽうをかましただけ」


 楡矢は「それでも正解」と言い、また困ったように笑った。


「現場監督はイクミさんや。彼女を筆頭にして、彼女らは世界各地に派兵を行ってる。そこにあるのは彼らの真理や。それがあながち間違っているとは言えへんでなぁ。そこが彼女のうまいとこ」

「IAEAの査察は? 核を所持していると聞いたが?」

「はなから、やりすごせる方法があったとしたら?」


 私は驚き、目を見開いた。


「馬鹿な。そんなことが、可能なのか?」

「直下の海深くに沈めてるらしい。で、見つけることはできへんかった。IAEA。当該組織の限界を知った思いがしたもんや」


 私は腕を組み、脚を伸ばし、楡矢の両膝にふくらはぎを置いた。今日も楡矢は私の足の甲を愛おしげに撫でる。「すべすべや」と嬉しそうに言って、笑った。


「そもそもさ、なんで彼女が俺に会いにきたんか……その点からして不思議なんよ」

「ざっくり言うが、そうなる理屈、理由が一つだけ、ある」

「それは?」

「ツゲ・イクミは少なからず、おまえに惚れているんだろうさ」

「やっぱ、そうなんかなぁ……」

「それ以外の解があるのであれば、教えてもらいたいものだな」

「鏡花さん、あなたはスゴい人物やよ」


 私は眉根を寄せた。


「いまさらなにを褒められたところで、なにも出んぞ。ガキみたいに駄々をこねたところで、なにも出やせん」


 どうあれな――楡矢は宙に視線を泳がせた。「これ、俺がなんとかせなあかん事案やと思うんよ」と述べ、「それってちゃうかな、鏡花さん」と助けを求めるような目を向けてきた。


「だから、私は知らん」と答え、「どうあれおまえの不始末だ。おまえがなんとかしろ」と強く教えてやった。


「まったくもって、そのとおりや」楡矢はなおも愛おしげに私の足の甲を撫でる。くすぐったいので「いいかげん、やめろ」と文句をたれると、「これは俺にとって、至福の時間なんや」などと述べた。


 私は目を閉じ、刹那思考し、楡矢と目が合ってから、肩で一つ息をついた。


「じつのところ、楡矢、おまえには私がちょろい女に見えているんだろう?」


 楡矢は怒ったような顔をした。怒ったような口調で、「あんまり舐めへんでほしいな」と言った。気圧されるような私ではない。ただ、楡矢のことが心配になったというだけだ。


「ちょい行ってくるよ。きれいな海。ソロモンまで」


 私は驚いた。


「ソロモンって、あのソロモンか?」


 楡矢は不敵に笑った。


「あの海は傭兵を派遣するにあたっては、ホンマにようできてる。要衝になる。なってる。俺は彼女と、イクミさんと話がしたい」

「到着するまえに撃ち落とされる可能性は否定できんな」

「彼女をモンスターにしてしもたこと、その原因の一つは、俺にあるんや」

「だからと言って――」

「ほならさ鏡花さん、あなたは俺につきおうてくれる?」


 私はぶんぶんとかぶりを振り、なにを本気で対応していたのかと、私自身のことが滑稽に思えた。


「好きにやってこい。もしここにまた戻ってくることができたなら、麦茶くらいは振る舞ってやる」

「なによりのごちそうやな。俺はそれだけで戦える」


 楡矢は私の足の甲にキスすら浴びせ、それから椅子から腰を上げた。


「ちょいとばかし、どういう状況なんか見てくるわ。俺の知ってるイクミさんはもうおらへんし、結局のところ彼女がどうしたいんかもわからへんやろう。なにかきっかけくらいは掴めればなぁ」

「楽しみに、続報を待つことにする」

「楽しみなん?」

「怒るか?」

「怒らへんよ」


 さようなら。


 そんな感傷的なことを事もなげに言うのだから、楡矢に死ぬつもりはないだろう。私を愛してしまったことは、罪深い。


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