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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
三.そのコは、僕っ娘
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三ノ03

 今日はもう閉店とし、いまは近所の高校の校門前にいる。カイトと一緒に、だ。黒スーツにブルーのキャスケット姿のカイト。一方、私は下はデニムパンツ、上は黒いタンクトップに白シャツである。私の場合、そんなフツウの恰好でもイヤラシイので、カイトは「きょ、鏡花はもう少し、ちゃんとした服を着たほうがいいと思うよ」などと意見してきたのだろうが、気にも留めない。見られるぶんにはタダだ。そう考えている。


 見覚えのあるセーラー服、なんの洒落っ気もない黒の学ラン。ここはそういう高校だ。偏差値は高いらしい。確かにその評価を受けるにふさわしく、どの生徒も野暮ったい。勉強に励むことのみに特化しているのだろう。これからのニッポンを支えていくニンゲンを養成する虎の穴だと思えばじつに心強い。


 電柱に左肩を預ける、私。カイトはというと、なんだかとてもしおらしい。校門のほうを睨みつけ、目ぼしい男を見つけるだけだというのに、申し訳なさそうにしている。無理もない。異性はもちろん、ヒトと接することに臆病であるのだから。


「冴えない男ばかりだが、高望みしなければ、それなりのガキはいるぞ」

「で、でも、みんなみんな、鏡花の胸ばかり見てるみたいだし……。とてもじゃないけど、信用できないよ」

「その要素にフィーチャーすると、おまえだってずいぶんと見られているぞ」

「えっ、えぇっ!?」

「みんなおまえのを揉みしだきたがっているんだよ。しゃぶりつきたいんだ。たとえば授乳プレイなんかをしたいんだ」


 能力をオンにしなくても――漢字一文字を見なくても、それくらいはわかる。男装の麗人だから女子生徒の漢字もおもしろいことになっているかもしれない。カイトは胸の前で手を交差させ、「ひゃぁぁっ」と恥ずかしそうな悲鳴を上げ、頬を桃色に染めた。


「それはともかく、だ。最近の男子は発育がいいらしい」

「確かに、みんな、背が高いよね。太ってるのもいるけど」

「股間の膨らみも、大したものだ」

「だだ、だから、鏡花、そういう発言は慎んだほうが――」

「いっそ、ハードルを下げたらどうだ? 相手なんて誰でもいいだろう?」

「そ、そうはいかないんだって。だから、こうして相談してるんじゃないか」

「唇を奪われたことは?」

「ないよ。あるわけないじゃんか」

「どれ。私が選んでやる。そいつに抱かれろ。ダメか?」

「ダメに決まってるじゃんっ」

「わがままな奴め」

「そうなるのも当然のことだろ」


 私はおもむろにパンツの左のポケットを探った。ない。あるわけがない。もうやめたのだから。かつては煙草を吸っていた。そのころの名残りとしての動作である。OL時代が懐かしいといえば懐かしい。あの頃はいまと比べると裕福だった――自分の判断に後悔はしていないが。


 私が「いま、何時だ?」と訊くと、カイトはジャケットのサイドポケットからスマホを取り出し、「え、えぇっと、十五時四十分だ」と答えた。


「カイトはどうしてカイトなんだ?」

「えっ、いきなり哲学なのか?」

「いや。どうしておまえの両親は、そう名づけたのかと思ってな」

「とうさんもかあさんも、男の子が欲しかったみたいなんだ」

「願望を名前に反映させるとは。二人とも自己中心的なニンゲンなのかね」

「そんなことはないと思うけど……」

「おっ、あいつは」


 見知った人物がたたと駆けてくるではないか。友人らしき女子とともに姿を現したのはなにを隠そう千鶴だった。両性愛者の女子高生だ。男からの純粋な告白を楽しむ一方で、日頃からえぐいほどの性的な悦を求めていたりする。見習いたい豪胆さである。千鶴は変態的で、だからこそ少々尊い。


 千鶴は目の前までやってきて、「鏡花さん、こんにちはですっ」と語尾跳ねで言い、ぺこっと頭を下げた。「どうかしたんですか? なにか御用ですか?」と訊ねてきた。私は「こうしているのには、具体的な事情がある」と答え、それからカイトの左肩に右手を置いた。「こいつの付き添いなんだよ」と伝えた。


 私より少し小さい、それでも十分のっぽなカイトは目を伏せた。頬の赤さが気恥ずかしさを物語っている。千鶴がカイトの顔を下から覗き込む。するとカイトは不本意そうに顎を引き、唇を尖らせ、「だ、だったら、なんだってんだよ」と上目遣いで千鶴を睨んだ。


 千鶴がいきなり、カイトの両の乳房に両手を押し当てた。もっと言うと、揉んだ、むにむにと。とにかく驚いたのだろう。「うひゃぁっ!」と大きな声を発したカイトは、「ややっ、やめろぉっ、なんなんだ、おまえはぁぁっ!」と目を白黒させながら千鶴の手首を掴んで卑猥に動く手を引っぺがそうとする。しかし千鶴はやめない、やはりむにむにと。「偽乳でないか確かめているのです」と言い、「おぉ、おぉぉ、この手触りは本物なのです。なかなかの逸品なのです」と感想を述べた。

 

「だからやめろぉっ!」

「はいはい、やめますですよ」


 パッと離れた千鶴は、小さく万歳した。顔を真っ赤にしていかにも怒っている感じのカイトではあるものの、許したようだ。ぷんぷんしても非生産的だということを知っているのだろう。胸元を両手で隠し、身を引くだけに留めた。まったく、いじらしく愛らしく感心なことである。


「千鶴。おまえはそれなりに人気がある女子だと踏んでいる。そんなおまえ目線でかまわん。目ぼしい男を何人か連れてきてもらいたい。その中から決まり次第、この女、カイトを抱かせる」


 まあ、当然だろう、カイトは「なななっ!?」と戸惑いの声を上げた。「やめろぉ、鏡花ぁっ! 僕は簡単な女じゃないっ!」と訴えてきた。「僕は」とのたまうあたり、ほんとうに萌える。生粋の僕っに敬意を表したい。


 本件について、そろそろめんどくさくなってきているので、私は「抱かれろ、抱かれてしまえ。相手は誰でも一緒だ。ニンゲンの構成要素の七割は水分だ。その点において、ヒトはヒトと大して変わらん」と簡単かつあっさり答えた。


「い、嫌だっ。 僕は大好きなヒトに抱かれたいんだ!」

「率直に物を言うようになってきたじゃないか」

「いい、いや、こ、これは言葉のあやで――」

「騒ぐな。いい加減、目立つだろうが」

「ぐ、ぐぅぅぅ……っ」

「千鶴」


 そう呼びかけたところ、千鶴は、「はいですっ」とキレのいい返答をし。


「三人で話がしたい」

「なんの話ですか?」

「いいから、ついてこい。私は暇なんだ」

「そういうことでしたら、お付き合いするのです」

「カイトもいいな?」

「ま、まぁ、いいよ。なんかよくわからない展開になってるけど……」


 私が先を行き、すると二人は後からついてきて。


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