三十ニノ03
外ではメイド服のカイトが呼び込みをしている。私はというと、レジ係だ。隣にはばあさんの姿。カイトと私目当ての男性客ばかりが訪れるものだと考えていたのだが、ずいぶんと違う。ばあさんに会いに来るニンゲンもいるのだ。アホみたいなB系の男子もいれば、スーツ姿の男もいる。彼らがしきりに述べるのは、ばあさんへの礼の言葉だ。ほんとうに嫌というくらい、「ありがとう」が飛び交った。
商品が次々に消えてゆく。「うまい棒」が真っ先に売り切れた。"愛されて四十年"の謳い文句は伊達ではない。炭酸抜きのうまくないコーラも売れた。「むかし、部活の帰りに飲んだんスよ」とグレーの背広姿の若い男は頭を掻いた。「おねえさんが店を継げば全然やっていけると思うんスけど。表の女のコでもいいし」というのはもっともな言い分だが、あいにく、この店はばあさんの店だ。
とにかくはりきって客の呼び込みに努めていたカイトだが、いよいよ売る物自体がなくなってきた。それでもカイトは「今日で最後なんだぞーっ!」と声を張り上げる。呼び込み業はおろか、メイド服姿すら、板についてきた。カイトは案外、万能だ。
カイトが店の中に入ってきた。めそめそ、ぺしょぺしょしている。下を向いて涙を拭うと、「へへっ」とある種、悔しそうに笑った。
「すっげぇよな。この分じゃあ、ホントに全部売り切れちまうぜ。感心するよ。ホント、スゲーなって」
レジ台の隣に設けた丸椅子に座っている魔女姿の私は、「なにに感心するんだ?」と問うた。
「そりゃもちろん、なんつーんだ、こう、鏡花の慧眼にだよ。すっげぇじゃん。俺とおまえがちょっと着替えるだけで、これだけヒトが集まったんだぜ?」
私は文庫本から顔を上げた。
「おまえの快活さがもたらした結果だよ。私はなにもしていない」
「だ・か・ら、鏡花の作戦がすげぇって言ってるんだってば」
「なにか力になれたようで、よかったよ」
「おばあさんの話か?」
「ああ、そうだ。売れ残ってしまうなんて事象は、冴えんし、様にならんからな」
私の隣の椅子に座っているばあさんは、にこにこ笑っている。「みんな、大人になってもお菓子が好きなんだねぇ」と感慨深そうだった。もっと感慨深そうなのはカイトだ。涙を我慢できないらしい。目を潤ませながら、「一つのことを長く続けることって、すごくたいへんなことだって思うんだ。だから、おばあさんは偉いと思うんだ」と紡いだ。
さて、最後まで買って行ってもらえるかねぇ。
それは時間の問題だ。カイトがまた表に出て行ったからだ。「もうチョコバーしか残ってないんだぜ!」と声を大にする。カイトを突き飛ばすようにして、頭髪が寂しいおっさんが入ってきた。私とばあさんの目のまえで両手をそれぞれ両膝にやり、はあはあと息をする。ばあさんは口元に両手をやった。涙をこらえきれない様子で、「たいぞうちゃん」と呼びかけた。
「よかった、おばあちゃん。最後に間に合った」
たいぞうちゃんと呼ばれたおっさんは、残っていたチョコバー三本をばあさんのまえに差し出した。
「いいんだよ、たいぞうちゃん。あんたからお金は取れないよ」
「それは責任を放棄していることと同じなんだよ。おばあちゃんが金をはたいて買った商品なんだ。商品っていうのは、そういうものなんだよ。だから、売ってくれ。噛み締めて食べるから」
たいぞうちゃんのことを知らない。私が知るはずもない。だが、ばあさんとたいぞうちゃんの尊い関係は窺え、だから、無慈悲に「四百五十円だ」と私は唱えた。たいぞうちゃんは私になど見向きもしない。見向きもしないまま四百五十円をきっちり寄越してきた。
「おばあちゃん、俺、馬鹿にしたよな。駄菓子屋なんて儲からないって、ガキの頃、馬鹿にしたよな?」
「たいぞうちゃん、そんなこと、どうでもいいよ。今日、来てくれたことに感謝しないとねぇ」
「いつか謝りたかったんだ。いつか、詫びたかった。働くようになってから、それがどれだけたいへんなことか、わかったんだ。ごめん、おばあちゃん。でも俺、間に合ったよな? おばあちゃんに、しっかり謝れたよな?」
ばあちゃんはしくしく泣き始め、おっさんについてはしゃがみ込んでしゃくり上げ始めた。
近づいてきたカイトが、「そうか。鏡花、おまえは、こんなことばっかりやってるんだな……」と静かに言った。
「そうでもないぞ。人助けほど面倒なことはないと、私は思っている」
「だけど、おばあさんを、助けたじゃんかよ」
「偶然のめぐり合わせというものは、まったく怖い」
これで全部売れちまったなぁ。そう言って、カイトはぐしゅぐしゅと鼻をすすった。「これで終わりなんだな。この駄菓子屋も」と言い、えーんえーんと泣きもした。
安易かつ簡素に描いた理想像でしかなかったが、あるヒトが笑え、あるヒトが悲しみ、あるヒトが泣けたのであれば、これ以上の結末は考えられない。
とりあえずこの件は、ハッピーエンド。