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彼女は脳にティアマトを抱えている  作者: XI
三十ニ.メイドのカイト、魔女の私
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三十ニノ01

 勤め先の弁当屋でカイトが元気良く「おはよう!」を言ってくれたおかげだろう、私はにこにこしながら隣駅にあるアーケードにいた。にこにこしながらとは我ながら気持ちの悪いことだとは考えるのだが、気分がいいことはいいこととして、受け容れるべきだろうと考える。


 カイトが「もう少し待っててくれ」と言うので、アーケードを散策しているわけである。その最中(さなか)、左方から「鏡花ちゃんじゃないか」と、お世辞にも大きいとは言えない、むしろか細い声が届いた。耳はいいほうだ。空耳だったためしはない。そちらを向くと、すっかり腰の曲がったばあさんが立っていた。顔中の皺はとにかく深く、それでも満面の笑みを向けてくれているのがわかった。だからこそわかると言ったほうが適切か。


「意外そうな顔だねぇ。でも、むかしはよく来てくれたんだ。おじいさんに手を引かれてねぇ」


 そんなことを言われたものだから、脳内を探るしかない。じょじょに思い出し、そのうち、「あのばあさんか?」くらいは記憶から発掘できた。


「久しぶりだな」我ながら、取って付けたようなセリフであり――あまり感心しないなと思いながらも、「元気そうでなによりだ」と続けた。


 本気をかますと、こんなばあさんのことなんて詳しく覚えているわけがない。声をかけられたのでテキトーに相槌を打つしかないということだ、根本的にはそういうことだ。


「いまどき、駄菓子屋なんか儲かるのか?」

「儲からないよ。それでもたまにガキんちょが遊びに来てくれるんだよ」

「私くらいの世代が最後なのかね。遠足のおやつを買いに来た覚えがある」


 かもしれないねぇと笑い、ばあさんは腰が折れたまま、見上げてきた。


「スゴくかわいらしいコだった記憶があるんだよ。ああ、そうだ。鏡花ちゃんはむかしから美人だった。おじいさんはいつも鏡花ちゃんにせがまれて、コーラを買っていたものさ」

「コーラ?」


 老婆は店にひっこみ、それからビニール袋に入った謎めいた品物を持ってきた。受け取ると――冷たい。ひんやりしている。ビニールを向くと、スパウトパウチの黒い飲み物が入っていた。


 いっぺんに思い出した。首に提げているがま口から取り出し、五十円、払った。吸い口に吸いつき、ちゅーちゅーすすった。コーラ。たしかに味はコーラなのだ。だが、炭酸が入っていない。優しい味だというニンゲンがいたら、そいつは馬鹿だろう。こういうのはつまらない味というのだ。でも、こんなものが好きだった覚えはある。脳裏にこびりついて離れない記憶というのは、たしかにある。


「じつはね、鏡花ちゃん」

「ん?」

「カイトちゃんにね、鏡花ちゃんの話をしたら、だったら今度連れてきてやるよって言われたんだよ」

「だとしたら、ちょっとしたフライングだな」私は笑った。「カイトは? よく来るのか?」

「俺の夢はこの店の全部を買ってやることだ、って」

「奴さんらしい物言いだ」


 私は微笑んだ。


「ただ、もう身体がキツくてねぇ」

「そうなのか?」

「誰にも言ってない。今月で閉めるんだよ」

「そうか……」


 場所は違えどアーケードで商売を営む者としては、去るニンゲンがいることには多少ならず寂しさを感じる。


「カイトちゃんにはそんなこと、言えないよねぇ。悪いよねぇ。困っちゃうよねぇ」


 私はまた、頬を緩めた。


「カイトはわからん奴じゃないんだよ。ちゃんと話せば、ちゃんと理解する。涙もろいところはあるがな。あいつが作った弁当は? 食べたことがあるか?」

「油物は苦手なんだけど、カイトちゃんのエビフライはおいしかったねぇ」


 最後だからカイトに奉仕させてやる。

 私はそう言って。


「奉仕? なにをしてくれるんだい?」

「定価で売って残るのと、採算度外視で売ってなくなるんだったら、ばあさん、あんたはどっちがいい?」

「えっ」

「どっちがいいって訊いたんだよ」


 私は街にまで出て、ドン・キホーテに寄ろうと決めた。


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