記憶喪失かどうかわからない妹が僕を異様に慕っている。
知らない天井だ、と思ったが、よく見たら知っていた。これは真庭総合病院の天井だ。
僕が寝転んでいるベッドの横に椅子があって、鳥子が座っていた。
「兄ちゃん、気がついたね!」と妹が叫んだ。嬉しそうだ。
「兄ちゃん?」
言葉遣いが元に戻っている。記憶を取り戻したのだろうか?
「あ、まちがえた。お兄さま、気がついたのですね。よかった!」
「まちがえた?」
「なんでもありません」
鳥子がごまかそうとしている。
「記憶が戻ったのか?」
「戻っていません。ええ、戻っていませんとも!」
「やけに強調するな」
「お兄さま、頭を打って、神経質になりましたね」
「おまえは頭を打って、記憶喪失から脱したんじゃないのか?」
「わたしはいまでも記憶喪失ですよ、愛するお兄さま」
「怪しい。おまえ、もしかしたら、前から僕を好きだったとか? ツンデレなのか? 以前はツンだっただけなのか?」
「わたしはお兄さまにデレデレです。ツンなどはありません」
「そうか?」
僕はなんだかわけがわからなくなってきた。
後頭部が痛い。相当強く頭を打ってしまったようだ。
医師がやってきた。
「具合はどうかな?」
「後頭部が痛いです」
「それだけかい?」
「はい、まあそれだけですね」
「記憶の混濁などはないかな?」
「たぶんありません」
「きみの名前は?」
「恋野砦」
「ふむ。脳の検査でも異常は見られなかったし、大丈夫のようだ」
僕は気を失っているうちに、検査されたらしい。
妹は頭部打撲で記憶喪失になってしまったが、僕は痛みだけで済んだようだ。
「保護者の方が見えたら、きみは退院できるよ」と言い残して、医師は去った。
「お父さんとお母さんは?」
「いまは昼間ですよ。ふたりともお仕事です」
「そうか。僕は放置されてしまったのか」
「わたしがいるじゃありませんか。放置などされていません」
「鳥子、お母さんに連絡して、仕事を早退してもらってくれ。さっさと退院したい」
「焦らないでください、お兄さま。わたしとゆっくりおしゃべりしましょう!」
そう言いながら、鳥子は僕のベッドに入ろうとした。
「やめろ、鳥子!」
「兄ちゃん、愛してる!」
「おい、記憶喪失は?」
「まちがえた。お兄さま、愛しています」
「出て行け! 病院でエロいことしようとするな!」
「家でならよいのですか?」
「だめだよ、禁止、近親相姦!」
「いいじゃん、固いなあ、兄ちゃん」
「鳥子! おまえやっぱりツンデレだろう?」
「いやん、ヤンデレと言ってください、お兄さま!」
「わけわかんねえ!」
後頭部が異様に痛い。
僕の妹は強引にベッドに侵入し、僕に抱きつこうとしていた。
「愛しています、お兄さま!」
記憶喪失かどうかわからない妹が異様に僕を慕っている!