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嘘をつく僕を慕う妹

「わたしは誰なんでしょう?」

 鳥子がまっすぐに僕の目を見つめて言う。

「おまえは僕の妹だよ。恋野鳥子だ」

「こいのとりこ? わたしは恋などしていませんが……」

「恋野鳥子は名前だ。恋愛の恋に野原の野、空を飛ぶ鳥に子供の子で、恋野鳥子」

「わたしはそんなおかしな名前の持ち主なのですか。拒否したいです」

「拒否はできない。戸籍に載っているからね。文句はお父さんとお母さんに言ってくれ」

「わたしにはお父さんとお母さんがいるのですね」

「あたりまえだ。そんなことも忘れたのか?」

「忘れました。思い出せません」

「僕のこともまったく覚えていないのか?」

「はい。あなたのことは美しい少年だと思いますが、わたしと関わりのある人という記憶はありません」

「僕はおまえの兄だ」

「お兄さま……なのですか?」

「そうだよ! 僕は兄で、おまえは妹なんだ」

「記憶がありません。わたしはあなたをなんと呼んでいたのでしょうか?」

「兄ちゃん……じゃない、お兄さまだ!」

「お兄さま……」

「鳥子、とにかくおまえが無事でよかった!」

「わたしはなぜ病院で寝ているのでしょうか?」

「それは僕がおまえを突き飛ばしたから、ではなくて、おまえが家の中で立ちくらみを起こして倒れ、頭を打ったからだよ!」

「まったく覚えていません。お兄さまがわたしを助けてくださったのですか?」

「そうだよ。おまえが倒れたところに通りかかって、救急車を呼んだんだ。もし僕の119番通報が遅れたら、おまえは死んでいたかもしれないんだ」

 僕は口から出まかせを言った。鳥子の記憶がないことを奇貨として、嘘をつきまくっていた。内心は後ろめたさでいっぱいになっていたが、勢いは止まらなかった。

「すると、お兄さまはわたしの命の恩人なのですね」

「ああ、僕はおまえの命の恩人だよ。でも、気にしないでいい。妹を救うのは、兄の義務だ」

 鳥子の僕を見る目がキラキラと輝いた。

「なんて素敵なお兄さまなんでしょう。わたしはあなたの妹でよかったです」

 いつも生意気だった妹がいまは素直で可愛い。このまま記憶喪失でいてくれたら嬉しいかも、と僕は思わずにはいられなかった。

 記憶が戻ったら、僕がいまついている嘘がバレて、罵倒されることはまちがいない……。

 医師がやってきた。

「具合はどうだい? 頭が痛いとか、呂律が回らないとか異常はないかな?」

「ありません。よく眠れて、すっきりしているぐらいです。でも、わたしが何者だったか、過去に何をしてきたのか、記憶がすっぽりと抜け落ちているみたいです」

「脳に異常は見られないんだよ。しばらくようすを見るしかないね。記憶喪失は原因がはっきりしないことも多いんだ」

「わたしはこの先ずっと記憶がないままなのでしょうか?」

「なんとも言えないね。このままずっと記憶喪失でいるかもしれないし、何かの拍子に突然記憶を取り戻すかもしれない」

 相変わらず、はっきりとものを言わない医者だな、と僕は思った。

「鳥子、心配するな。おまえには帰る家があるし、頼れる家族がいる」

「そうでした。お兄さまがいるから安心です」

「ああ、僕がいるから大丈夫だよ」

 後ろめたさがすごい。心が真っ黒に染まってしまったようだ。

 鳥子は頬を赤くしてうっとりと僕を見つめている。この目には覚えがある。僕に告白してくるときの女の子の目だ。たいていすぐに虫ケラを見る目に変わるのだが。

「きみの身体には異常がない。保護者の方が到着したら、退院手続きをしてもらいます。お大事に」

 医師は去った。

 かわりに両親がやってきた。

「鳥子、大丈夫なの?」

「大丈夫です。あなたはどなたですか?」

「何を言っているの?」

「お母さん、お父さん、鳥子は記憶喪失になったみたいなんだ」

「記憶喪失?」

「鳥子、僕たちのお父さんとお母さんだよ」

「お父さん、お母さん……。まったく覚えがありません」

 お母さんが泣き出し、お父さんは悲痛な表情になった。

「帰ろう、鳥子。僕たちの家へ」

「ええ。お兄さまと一緒に暮らせるのですよね。わたし、帰ります! お兄さまと暮らすのが楽しみです!」

 お父さんが僕を怪訝そうに見た。何があったんだと言いたげだ。やめてくれ〜っ!

 僕たちはお父さんが運転する車で家に帰った。僕と鳥子は後部座席に座っていた。妹は僕に体重をかけて、ぴったりとくっついていた。

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