神様転生
気が付くと俺は異世界で神になっていた。
何故こうなった? さっぱり分からん。
異世界転生って、神様から「お前ちょっとこっちの世界で人生やり直してみないか?」みたいな感じで異世界に連れてこられるものじゃないのか?
転生させる神自身になってどーしろというのだ?
神に転生したというと、神の力で何でもできる凄いチートな人生を想像するかもしれないが、今の俺の状態はそんないいものじゃない。
そもそも人じゃなくて神だ。人生なんて存在しない。
それに、俺は地上で人と共に暮らすような身近な神じゃない。
神界と呼ばれる世界の外部から、人の住む世界を見守る存在だ。
ついでに言うと、神界には俺の他に誰もいない。
地上の存在がやってこれる場所じゃないし、他の神も見たことが無い。
これじゃ、どんな凄いチートを持っていても自慢する相手もいない。
もっとも他の神様がいたら、生まれたばかりの俺の能力なんてしょぼいの一言で終わるかもしれないが。
比較対象が無いからよく分からない。
神の能力?
ちゃんとあるぞ。
神として生まれた時から持っていて、今もずっと使っている。
能力が成長したり、新たな能力に目覚めるようなことは無いようだが。
神の仕事は世界の管理だ。
この世界は結構不安定だ。自然環境は絶妙のバランスで成り立っていて、奇跡的な均衡の上で安定している。
世界そのものにもある程度このバランスを保つ仕組みはあるが、その限界を超える大きな擾乱が起こると一気にバランスが崩れ、最終的にはあらゆる生物が死滅した死の大地が出来上がる。
そうなる前に対処して、世界の安定を保つことが俺の仕事になる。
この世界の異変を検知し、それに対処するために世界に干渉する能力、これこそが神の力だ。
この言い方だと分かり難いかも知れないが、かなり強力な能力だ。少なくとも俺の管理する世界に関しては調べて知り得ないことはないし、世界への干渉はどのような現象でも引き起こすことができる。
いわゆる全知全能だ。
そんなに便利な能力じゃないぞ。
全知は世界の全ての情報が入って来るから、どうにかして選別しなければ頭がパンクしてしまう。人には扱いきれないだろう。
全能の方も影響は世界全体に及ぶ。ある地域の天気を晴れにしたら、反動で別の地域で大嵐なんてことも普通に起こり得る。
この扱いにくい全知全能を使いこなして、世界を維持管理できるところまで含めて神の能力なのだろう。
しかし、これは神であってもかなり大変な作業だ。
全世界の情報を吸い上げて世界崩壊の兆候が無いか精査する。そして何千万通りもシミュレートしてどのように干渉すれば最良の結果になるか計算する。
そこまでやってようやく全能の力を使えるのだ。
世界そのものの滅亡や、それに準じる大災害を防ぐのがやっとで、そこに住む人々願いを叶えるなんて細かなことはやっていられない。
そう、この世界には人が暮らしている。前世の俺と全く同じ種とは限らないが、外見や行動は俺の知る人間と言って問題なかった。
この世界の人間の文明は、たぶん地球の中世くらい。少なくとも産業革命は起きていない。魔法と呼ばれる技術も使われているから、剣と魔法のファンタジー世界だ。異世界転生するなら、普通こっちだろう?
この世界にも宗教があり多くの敬虔な信者がいるが、その崇める神はたぶん俺じゃない。多神教だし。俺の他に神はいないけど。
全知によって人々の祈りや願いなんかも全部わかるのだが、さすがに全てを叶えるわけにはいかない。
今のこの世界の人口は182,516,387……まあ細かい数字はどうでもいい、すぐに変わるし。地球に比べれば少ないが、これだけの人数の願いを全て叶えていたら俺の力のせいで世界が崩壊してしまう。
俺としても元人間なので真摯な願いの一つも叶えてやりたいところだが、一つ二つの願いを叶えるにしても慎重に行わないととんでもないことになる。
些細な願いを叶えるにも、不用意に全能の力を使うとその影響で国が滅びるとかあり得るのだ。全能の力はバタフライ効果がえげつない。
結局、「世界の崩壊を止める」ことも、「一人の人間のささやかな願いを叶える」ことも、俺にとっては同じくらいの負荷になるのだ。優先順位的に人の願いまで手が回らない。
真摯に祈る善良な人々よ、すまぬ。
さて、ちょうど面倒な問題を解決して世界の滅びを回避した。これでしばらくは世界も安定するだろう。
今のうちに自分のことをするとしよう。人々の願い? すまん、そこまで余裕はない。
自分のことと言っても、やること、できることはあまり多くはない。
神として生まれた時点で、生理的な欲求は無くなった。食事も睡眠も必要ないし、ずっと活動していても疲れることもない。
考えてみると、神の仕事は凄くブラックだ。休日どころか休憩もない。残業もないけどそもそも勤務時間もない。年中無休二十四時間ずーっと仕事中。そして給料も無い。あっても使い道が無い。
物欲も無くなった。神としての仕事にも私生活にも物質的なものは必要ない。
性欲も無くなった。というか、性別そのものが無い。前世の記憶があるから男のような気がしているけど、それは気のせいだ。
今の俺に生殖能力はない。神というものは生物の範疇にない。あらためてそう思う。
実際、俺は神として転生したわけだが、親となる神から生まれてきたわけではない。突然誰もいないこの場所に生まれたのだ。
いや、生まれたというよりも、発生したというべきか。
俺はこの神界に出現したその時から神としてこの世界の管理に必要な知識と能力を持っていた。親兄弟、あるいは先輩の神に指導を受けたことはない。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。
俺はこの世界を管理しているが、創造したわけではない。
俺が神となって世界の管理を始めて高々百年、だがこの世界はそれよりずっと昔から存在している。人の歴史だけでも数千年続いている。
この百年間だけでも二回、俺が全能の力を使って世界の破滅を防ぐ必要があった。
こんな不安定な世界が、神の管理無しで文明を育めるとは思えなかった。
俺の前にも神がいたはずだ。そして、おそらくそいつが俺の転生にも関わっているに違いない。
さて、自分のことを調べることにしたのだが、俺の全知の能力は自分の管理する世界に限定されている。
俺の前世の世界の状況や、ここ神界の過去とかについては調べることはできない。
しかし、手掛かりが全くないわけではない。
俺は輪廻転生によってこの世界の神として生まれた。輪廻転生のシステムもこの世界の範囲内なら俺の管轄だ。その部分ならば全知の力が及ぶ。
輪廻転生システムは極稀に世界を超えて魂が行き来することがある。俺の魂もそうやってこの世界に来たのだろう。
……あった。約百年前の出所不明の魂の記録。この世界での死者に対応するものが無い以上、異世界から流れて来たものだろう。
異世界から来た魂であろうとも、この世界の輪廻転生システムに乗っかった以上はこの世界の住人として生まれてくるはずなのだが……該当者なし。
間違いない。異世界から来てこの世界に生まれなかった魂、これが俺だ。
この輪廻転生システムは世界の仕組みの一部なのだが、魂を神界に送って神を誕生させる能力はない。これはかなりの異常事態だ。
だから輪廻転生システム内での俺の魂を詳細に追跡していけば……あった、全能の力で干渉した痕跡だ!
ご丁寧に痕跡が分かり難いように細工してあるけど、魂が一個消えてなくなる不自然さは隠しきれない。
これで俺が生まれる前にも神がいたことは確定した。
全能の力は管理する世界限定だからこの神界にいた可能性が高い。他の世界にまで力を及ぼせる神が存在しないとは限らないから確定ではないが。
しかし、いったい何のために俺を神として転生させた?
そしてその神はどこへ行った?
うーん、全知に頼らずに神界を調べてみるか?
でもそれは、かなり難しいことなんだよな。
神界には物質的なものは何も存在しない。神は意志と記憶と権能だけで成立する存在だ。
俺も肉体があるようにふるまうことが多いが、これは癖のようなもので、実際には物質的な肉体は存在しない。本当はもっと曖昧でぼんやりとした状態でも問題なく神として存在し、活動できる。
百年前というと神界ではついさっきのことなのだが、そんな曖昧でぼんやりした相手の痕跡を全知の助けなしで見つけられるかというと自信がない。
……あれ? ちょっとおかしい。
神界ではなく、輪廻転生システムの方の記録だ。
俺が異世界からやって来て魂の総数が一個増えた。ここまでは良い。
その後俺が神として神界に生まれたことで輪廻転生システムから外れた。なのに魂の総数が戻っていない!
神界に引きずり込まれた俺と入れ替わるように何処からともなく現れた魂……。
怪しい。
全知で分かり難いように細工がしてある。
しかし、調べる場所が分かっていれば……生まれる前後の魂を突き合わせて行けば……よし、見つけた。
ん? んん?
こいつだー!
記憶と能力を封印して人のふりをしているけど、こいつは神だ!
こんな方法があったのか。
神となった俺は基本的に神界の外には出られない。
他の世界には能力が及ばないし、自分の管理する世界に全知全能の権能を持ったまま顕現したら世界が滅茶苦茶になる。
その神としての能力と知識を封印することで人として地上に降り立ったのか。よほど周到に準備したに違いない。
ただ、ここまで完全に封印してしまうと神が不在となり、世界が危ない。
だから俺を替わりの神にして、入れ替わりに人として生まれ変わったのか。
だが、何のために?
扱いにくい面はあるが、全能の力は強力だ。それを失ってまで何をしたかったのか?
世界の管理の細かな調整か?
確かに世界全体に影響を及ぼす全能の力よりも、制限がある分影響が限定される人の力の方がその場その場での細かな調整には向いている。
人々のささやかな願いを叶える、といった細かなことは実は神よりも人が行った方が確実なのだ。
さて、実際に何をしたのか確かめてみよう。
どの人物に転生したのかはもう特定したから、その者のたどった人生を追跡する。
そしてその人物からいなかった場合をシミュレートして比較する。全能の力を使う時のようにあらゆる可能性を調べる必要はないから楽勝だ。
えーと、……こいつ、この百年で三回死んで今四回目の人生だよ。人の平均寿命は短めの世界とは言え、ずいぶんと生き急いでいる。
よし、シミュレーションの結果が出た。これを評価してみると……
――世界全体に対する影響、皆無。
まあ全能の力も封じているし、個人の人間の力では当然だ。評価の軸を変えてみると……
――人間社会に対する影響、大勢に影響なし。
個人としてしか動いていないな。他には……
――特定個人、組織、思想などに対する影響、軽微。
人として生まれて人の中で生きていれば、必ず何らかの影響は与え合うものだ。その範疇の影響では目的を推測することは難しい。
世界に与えた影響ではなく、本人の行動パターンを調べてみるか。
――生涯を通じて一貫した信念、行動原理などは認められず、主にその場のノリと勢いで行動していると推測される。
……行き当たりばったりの人生かよ。短命なはずだ。
以上のことを総合して、神から人へと転生した理由を推測すると……
――神の仕事に嫌気がさして、人として刺激の多い生活を楽しみたかった。
俺の人生返せー!!
何でも願いの叶う万能の力というものは、願いが叶う代わりに願う意味を失わせるものだと思っています。
何でも造り出せるならばお金は不要。希少な宝石もいくらでも創り出せればガラス玉と同じ。独りで何でもできれば権力も必要なし。
だから、全知全能の神様って、なってみると案外つまらないものではないかと思うのです。
そういうわけで、意外とブラックな職場だった神様に転生した話を書いてみました。
「それでも貴方は神になりたいですか?」