前世を思い出したネガティブな私は勝手に断罪を恐れております
「うわぁあ!」
レディにあるまじき声を上げながら、私はベッドから勢い良く起き上がった。
ベッドの脇で水桶に布を浸していた侍女が、手を止め目を見開いてこちらを見ている。
「ど、どうされました? アネモネ様」
私は心配そうな侍女の顔を凝視しながら、どきどきと煩い心臓の音を聞いていた。
「えっと、高熱を出して……それから前世を思い出して……えっと?」
「はい?」
侍女は眉を寄せて不可思議な者を見る目をした。私はさっと顔を青くして慌て小さな両手を振った。
「ご、ごめんなさい。なんでもないです……」
「……アネモネ様?」
いつもと違い敬語を使った私に、侍女は訝しそうな顔をしている。
※※※
「アネモネ、どうしたの?」
広い学院の美しい中庭で本を読んでいると、友人のロレンツァが声をかけてきた。
私は長くて視界が悪い前髪の隙間からロレンツァを見る。栗毛のロレンツァは私と同じく、爵位が高い家の子女だけれど、地味で大人しい見た目をしている。
「……殿下は別の方とご歓談中だったから」
私が答えるとロレンツァは眉を寄せた。
「アネモネとの会食の予定なのに、またあのルチアさんが邪魔をしているの?」
ロレンツァの言葉に私は苦笑いを返した。ロレンツァには長い前髪のせいで口元しか見えていないだろう。
私は見るともなしに本に視線を移すと、ふと前世を思い出した時が頭に浮かんだ。
私が前世を思い出したのは、今から七年前の八歳の時だ。高熱を出して意識が朦朧としているときに、どどっと前世の意識が流れてきたのだ。全てを一気に思い出すと脳がパンクするからか、その後も年を追うごとに少しずつ色んな場面が頭を過っている。
今のところ思い出した限りでは、私の前世は会社員で、ネガティブだからか誰とも付き合ったことがなかった。だからか恋愛小説や漫画が大好きで、特に好きだったのは、乙女ゲームの悪役令嬢が前世を思い出したりして、その情報をもとに逆にヒーローやみんなに好かれる話だった。
そうして前世を思い出した後に、八歳の自分を姿見で見て絶望をした。私はまるで良くいる悪役令嬢の様に、金髪で顔が少しきつめの公爵令嬢で、しかも王太子殿下の婚約者だった。
プレイをした記憶は全くないけれど、良くあり過ぎる自分の設定に、もしかしたら私が知らないだけで、ここは乙女ゲームの中なのではと恐れた。
もし悪役令嬢だったとしても、私は明るくて誰にでも好かれる性格をしていない。だからネガティブな私は、無いかもしれない断罪を逃れるために、なるべく悪役令嬢の雰囲気を出さないよう髪を伸ばし常に下を向いた。そうしていると自然と猫背になり、前世の自分と同じような雰囲気になった。
せっかく少しきついが美人に産まれたのにもったいないと思ったが、十五歳で貴族が通う学院に入学してこれは正解だったと感じた。なぜなら入学の式典の日に、まるでヒロインのようなピンクブロンドの可愛らしい顔の乙女が転んでしまったところに、麗しく手を差し伸べる殿下を目撃したからだ。私は木の陰からそんな二人を見ながら、これは俗に言う出会いイベントなのでは、と心の中で呟いたものだ。
「アネモネ? 大丈夫?」
私が回想に耽っていると、いつの間にか隣に座っていたロレンツァが、目の前で手を振った。
「大丈夫よ」
ロレンツァに軽く笑いながら返事をした。
「それは良かった」
良く知っている美声に驚いて顔を上げると、麗しの殿下が優しく微笑んで目の前に立っていた。輝く色の薄い金髪と、芸術品のような顔にある美しい青灰色の瞳。その瞳に陰気な私の姿が映っている。
前世を思い出してから初めて殿下にお会いした時、そのあまりにも美しいご尊顔に、ここは絶対にゲームの世界だ、と顔を真っ赤にして確信した。こんなに美しい生き物が三次元で存在する訳がない、と思ったからだ。
何度も見ているはずなのに、つい殿下のご尊顔に見惚れていると、次第に苦笑いに変わっていった。
「待っていたのに一向に来ないから、こちらから出向いてしまったよ。……私との会食なんて忘れてしまったかな」
私はさっと顔を青くすると慌てて跪こうと立ち上がった。いくら私なんかとの会食よりも、ヒロインもといルチアさんと居る方が良いとはいえ、黙ってすっぽかすのはマナー違反だった。
「ごめん、そんな風にしてもらいたい訳じゃないよ」
殿下は優雅に手を上げて、私が跪こうとするのを止めた。私は視線を足元にさ迷わせて、制服のスカートをぎゅっと握る。
「も、申し訳ございません……」
消え入りそうな声で謝ると、殿下が息だけで笑ったのがわかった。
「君にはいつも謝らせているね……私がそうさせているのかな」
殿下の悲しそうな声色に慌てて顔を上げると、視界の隅に最近見慣れたピンクブロンドの髪が見えた。
「殿下! こちらにいらっしゃいましたの」
ルチアさんは可愛らしい声で言いながら、私のことを横目で見た。心なしか視線が冷たい気がする。
黙って会食をすっぽかしてしまったから、殿下が私を探す羽目になり、逢瀬の時間が減ってしまい怒っているのだろうか。
殿下はゆっくりとルチアさんを振り返ると、綺麗な笑顔を浮かべたので、胸がずきりと痛んだ。
「ルチア殿、どうされましたか」
「あ……殿下ともっとお話をしたくて……ご一緒してもよろしいですか?」
殿下はちらりと私に視線を寄越した。私は心得た様に頷くと、珍しく声を張り上げて言った。
「あの! 私はこれにて失礼いたします! あとはお二人でごゆっくり!」
そそくさと木製のベンチから本を取り、コーツィをすると二人の顔を見ずに、学舎に向けて速足に歩いた。空気を読んだわ! と胸を躍らせながら歩いているとロレンツァが声をかけてきた。
「待ってよ! アネモネ!」
早歩きで私の隣に並んだロレンツァは怒った顔をしていた。
「アネモネ! なにやっているのよ! この機会にルチアさんに、私という婚約者の居る殿下に気安く話しかけるな、って言わないと!」
私は苦笑いを返した。そんなことを言ってしまったら、悪役令嬢として断罪されてしまうかもしれない。国外追放ならまだよいが、死刑や家族に累が及ぶのは避けたい。
「いいの……殿下もルチアさんみたいな女性の方が好きだろうし……」
私が答えるとロレンツァは奇天烈な顔をした。は? という顔をして片方の口だけひん曲げている。
「なに言ってるの? だいたいルチアさんは男爵令嬢よ。身分が釣り合う訳ないじゃない……王妃になれるのは、七大貴族からと決まっているでしょ」
「そこはヒロインマジックよ」
ロレンツァはさらに顔中をひん曲げた。レディにあるまじき顔である。
「本当になにを言っているの。それに断言するけど、殿下の好みはルチアさんみたいな人じゃないわよ」
「……なぜ断言できるの。あんなに可愛らしいのに……」
「見てればわかる」
ロレンツァは真面目な顔になると溜息をついた。
※
「殿下! ご相談があるのですが……」
殿下という言葉と最近聞き馴れた可愛らしい声に顔を上げる。大階段を上っていた殿下を、追いかけてきたルチアさんが呼び止めていた。殿下の隣にはご学友が二人いるので、彼らも足を止めている。
「ルチア殿……」
振り向いた殿下は美しく微笑んでいた。
「実は私、アネモネ様に意地悪をされているのです……」
私はびっくりして口を開けて固まった。ちなみに私は大階段の下のスペースに潜み、顔の上半分だけを出して覗き込んでいるので、たぶん誰も存在に気づいていない。
「意地悪?」
殿下は柔らかい声色で聞き返したので、私の胸はずきりと痛んだ。煩い心臓の音を聞きながら、ルチアさんに意地悪をしたことなどあったかしら、と頭をフル回転させる。
「ええ……会えば下位貴族のくせにと嫌味を言われたり、亡き祖母から貰ったペンを隠されたり、中庭を歩いていると上から水をかけられたり……」
「……そういえば、水浸しだったことがあったね」
殿下の冷静な言葉に心臓がどくんと大きな音を立てた。本物の悪役令嬢がやりそうなことだが、全く身に覚えがない。もしかして無意識に行っていたのだろうか。いや、そんなわけがない。きっと本当の犯人が私のせいにしているのだろう。
どうしよう、違う! と飛び出した方が良いのだろうか。このままでは断罪されてしまう、と顔から血の気が引いた。
「それに……」
ルチアさんは顔を下に向けると、桃色の唇の前に手を持ってきた。小刻みに震えていて、華奢な体系も相まって、とても庇護欲をそそる姿だった。
「それに……呼び出された庭小屋で暴漢に襲われそうになったのです。幸い未遂でしたが……」
「近くにいたエンリコが助け出していたね」
エンリコとは今も殿下の隣にいる黒髪のご学友だ。
「エンリコ様には感謝してもしきれませんわ」
エンリコ殿はルチアさんを見ながら無表情に小さく頭を下げた。エンリコ殿は昔から表情を変えることが少ない。
私は心臓が静かになって、全身から血の気が引いていくのがわかった。まっったく身に覚えはないが、ルチアさんを襲わせたとなると、それは意地悪とは違い犯罪である。
今度こそ、違う! と強く否定しないと罪人になってしまう。
「……良くわかったよ。こちらで対処しよう」
「殿下!」
真面目な顔をした殿下の言葉に、ルチアさんは嬉しそうに笑った。
私は絶望して顔を下に向けて固まってしまった。溢れそうになる涙を堪えていると、ふと視線を感じて無意識に再び顔を上げた。
なぜか優しく笑った殿下が小首を傾げこちらを見ていた。階段の上段と暗い階段の下のスペースで視線が絡んでいると、まるで華やかな舞台上から小汚い舞台裏を見下げられているようだと感じた。
「殿下? どうされまして?」
可愛らしく小首を傾げたルチアさんがこちらを向きそうになったので、私は慌てて身を屈めると中腰のままささっと逃げるように廊下を進んだ。
※※
あれから私はいつ断罪されるのかと、びくびくと毎日を過ごしていた。友人であるロレンツァを巻き込んではいけない、と相談もしないまま月日だけが流れたが、解決策は何も浮かばないまま上級生の卒業式典を迎えている。
私が読んだネット小説や漫画だと大抵はこういう場で断罪されるので、今日こそ身に覚えのない裁きが下ってしまうかもしれない。私はぷるぷると震えながら、この日のために侍女が用意してくれた、金色の派手なドレスに身を包んでいた。どうせ前髪で隠すのに化粧もばっちり施されるので、馴れない感覚に顔が痒かった。
「アネモネ……背筋ぐらい伸ばしたらどう? あなたは本当に綺麗なのに……」
隣にいる可愛らしい水色の衣装に身を包んだロレンツァが言った。控えめな彼女の雰囲気にとても似合っている。
私もこういうドレスの方が好みなのに、侍女達はいつも悪役令嬢が着ていそうな派手なものばかり用意する。一度もう少し地味にしたいと言ったら、そうしたら本当に存在が消えてしまう、と言われた。確かに、と思わず頷いてしまった。
「見て、また衣装は豪華で美しいわね……」
「本当……ご本人は殿下の隣に並ぶには控えめな容姿だからかしらねえ」
無駄に良い耳に入ってきた言葉に、私はさらに背を丸くしてしまう。
「……あなたが黙っているからって、公爵令嬢になんて物言いかしら。よおく顔を覚えておきましょうね」
ロレンツァも聞こえていたのか、目を座らせて低い声で言った。
本当のことなので何も言い返せないだけだし、それに断罪されたら覚えていてもきっと意味はない。私は音も無く息を吐くと、美しい装飾が施された先が尖った布の靴を見つめる。
そこに可愛らしい桃色の靴を履いた華奢な足が映ったと思ったら、とんっと体に軽く人が当たる感覚がして、ぱしゃり、ガシャンっと音がした。
「え?」
「きゃあっ」
驚いて顔を上げたのと、高い声が聞こえたのは同時だった。
目の前には葡萄色の飲み物をドレスにかけてしまったルチアさんが立っていた。
「……だ、大丈夫ですか?」
私が声をかけると、宝石のような黄緑色の瞳から、みるみると涙が溢れた。
「ひ、ひどい!」
私はびっくりして固まってしまった。
「私が殿下と仲良くさせてもらっているからって、嫉妬して飲み物をかけるなんて! ……せっかく実家が何とか用意してくれたドレスなのに……」
ルチアさんは大きな声で言うと両手で顔を覆った。私は状況が理解できなくて、口を開けたり閉じたりすることしかできない。
「まあ、見た目だけでなく、心まで貧相ですのね」
「うわあ……可哀そう……俺も貧乏だから気持ちわかる。せっかく親が用意してくれた物を駄目にされたら泣くわ」
「前から意地悪をしているって噂があるらしいね」
肩を震わせて泣くルチアさんと周りの言葉に、私はようやく置かれている状況を理解した。
しかし私は飲み物をかけていないし、嫉妬しているなんて一言も言っていない。不安になって視線をさ迷わせると、金色の衣装を身にまとった殿下が映った。殿下の青灰の瞳は静かに私を見ている。
その時にふと前世の記憶を思い出した。
可愛らしい同僚が自分がした失敗を、大人しい私に押し付けて責め立ててきた記憶だった。前世は貴族じゃないし、普段から大人しい私のことを、誰も助けてくれなかった。その時に悟ったのだ、自分の身を守るのは自分しかいない。ここぞというときには正当性を主張しなければ、争う舞台にすら上がれず後悔をする上に、その人に一生かもにされ続けるのだ。
だからいくら大人しくても、会社に入ったら、社会人として毅然としなければいけない。
「何を言っているの……!?」
ロレンツァが庇ってくれようとするのを手で制すると、私は背筋をのばし顔をすっと上げた。前髪がはらりと両サイドに分かれ、普段は隠している顔が晒される。
「……え」
「す、すごい美人……」
「美しい……」
周りから漏れ聞こえてきた声に訝しんだのか、ルチアさんが顔を上げた。私の顔を凝視して泣くのを忘れ、ぽかんと口を開けている。
「何か勘違いをされているようだけれど、私はあなたに嫉妬していないし飲み物をかけてもいないわ。誰か証言してくれる方でもおりまして?」
私の言葉にルチアさんはぽかんと口を開けたままだったが、次第に顔を赤くするとちらりと視線を横に向けた。そうして私の悪口を言っていた集団を見るが、みなささっと顔を反らしていた。
「……どうされまして?」
私の問いにルチアさんは悔し気な顔をすると視線をさ迷わせる。そうして殿下を見つけると嬉しそうな顔をした。
「殿下! 殿下は知っておられますよね。私がアネモネ様に意地悪をされていたことを!」
殿下は美しく笑うと、ゆっくりとこちらに歩いてきた。私の胸は相変わらずズキズキと痛み泣きそうになるが、決して背筋は曲げずに殿下の麗しいご尊顔を見た。ここで断罪されるとしても、家族のため、いや自身のためにも戦わないといけない。
「知っているよ」
近づいてきた殿下の言葉に、ルチアさんは息を吐くと嬉しそうに笑った。
「では、今回のこともアネモネ様に飲み物をかけられたと信じてくださいますよね」
ルチアさんの言葉に殿下はさらに笑みを深めた。
「いや、君の言葉は全てでたらめだね」
ルチアさんは再び目を見開くとぽかんと口を開けて固まった。
「君の証言を受けて、全ての事象を検討したけれど、どれもこれも自作自演だと判明しただけだよ。本日も何かやるかと思って監視をつけておいたんだ」
殿下の言葉にルチアさんの顔から血の気がさっと引いた。
「監視……?」
ルチアさんの後ろからぬっとエンリコ殿が顔を出した。
「全て見ておりました。ルチア殿がアネモネ殿に自らぶつかり、持っている飲み物を零したところを……一つ助言させてもらいますと、アネモネ殿が飲み物を持っている内はやめた方が良いのでは?」
エンリコ殿の言葉に私は強く握っていたグラスを見た。会場から小さな笑いが起きて、気づかなかった私も少し顔を赤くしてしまった。
するとすっと殿下が私の横に並んで腰を掴んだ。
「皆様、お騒がせして申し訳ない。本日は卒業される方の夜会だ。どうぞ続きを楽しんで」
殿下の言葉に戸惑いつつも、夜会は元の賑やかさを取り戻し始めた。
「ルチア殿、お話を聞かせてください」
エンリコ殿の後ろに控えていた衛兵がルチアさんの両脇に立ち声をかけた。
「そんな……私が主人公じゃないの……」
小さく聞こえてきた言葉に驚いて声をかけようとしたが、殿下の腰を掴む力が強まったので、私は黙って衛兵につれて行かれるルチアさんを見送った。
ルチアさんが連れていかれると、殿下に綺麗に光が灯された中庭に誘導された。二人で並んでベンチに座り美しい庭を見る。
「……君はいつも私と距離を置こうとするし、ルチア殿と二人きりにさせようとしたりする。正直に答え難いだろうが、やはり私との婚姻は荷が重かったかな」
殿下の言葉に驚いて、美しい横顔を見つめる。殿下はゆっくりとこちらを向いて、薄く色づいた唇の端を悲し気に上げた。
私は殿下がそんなことを思っているとは知らなくて胸が締め付けられた。そうして今までの自分を思い出して、確かにそう思われても仕方ないと感じた。
「違うのです……私のような気弱な者は殿下の隣に相応しくないのかと……」
私は眉を寄せながら言った。
「私が嫌いな訳じゃないのかい?」
「ち、違います! むしろ最初に会った時からお慕いしていて……」
そこまで言って顔が真っ赤になるのがわかった。
そうだ前世を思い出す前、出会った時から、私は殿下が大好きだった。そして将来はお嫁さんになれると浮かれていた私に、気弱なままではとても国母にはなれない、強くなりない、とさとすように母が言った。
すでに引っ込み思案だった私は、高熱を出すほど悩んで、強くなりたいと心底と願った。そうして前世の記憶を思い出したのだ。
「良かった。私もアネモネが好きだったから……正直、好きな人に国母という重荷を背をわせてしまうのは心苦しかった。君は特別に心優しかったからね。だから黙って婚約を解消しようとも悩んだけれど、でも今日の姿を見てきっと大丈夫だと思ったよ」
殿下の言葉に胸がざわりと嫌な感じに鳴った。もし前世を思い出さなくて気弱なままだったら、両想いなのに私を思うあまり殿下が婚約を解消していたと思うと、悲しくて悲しくてしょうがなかった。
流れそうになる涙を、ぐっと堪えて笑った。
「きっと大好きな殿下と一緒になるために、私は強くなったのです。……私の不思議な体験をいつか聞いてくださいますか」
私の言葉に殿下は長い睫毛に縁取れた青灰の瞳を丸くすると、ふっと美しく笑った。
「これからたくさん話をしよう」
私は頬を染めるとこれ以上ないほど顔を綻ばせた。殿下も優しく笑い返してくれて、良く見える視界で見るあまりに美しい顔に、目が釘付けになってしまう。
「……ところで、殿下は私のどこが良かったのですか?」
良く見える視線に、今ままでの猫背で前髪で顔を隠していた自分を思い出して聞いた。小さい頃に素顔を見ているからといって、あの陰気な姿を好きになってくれる人がいるだろうか、と不思議に思ったのだ。
「こそこそしているアネモネは小動物みたいで可愛いらしいよね」
殿下はそっと私の手を取ると、美しい唇で項に口づけを落とした。視線を上げると私の金色の瞳を覗き込んでくる。
「ついついかまい倒して……虐めたくなる」
妖しく光った殿下の青灰の瞳に、私の体はぴくりと固まった。そんな姿を見て殿下はこれ以上ないほど優し気な微笑みを浮かべる。
「本当に食べちゃいたいくらいだよ」
美しい顔にどきどきとときめきながら、これは恐怖も混ざっているのかしら、と胸のうちで首を傾げた。
完
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お気に召しましたら、★を付けて頂けると嬉しいです。