プロ野球選手との淡い恋110
始まった会は、バッティングホームの話から、精神論にいたるまで様々な話が熱を帯びている。
河原は田中の熱い野球論を聞きながら、ふと、ちょうど反対側の中心にいる光田の姿に目が止まった。
光田は田中と異なり、持論を熱く語ることはない。
後輩の話でも聞いてくれるタイプだし、相談されれば親身になって答えてくれるし、違うと思えば指摘もしてくれる。
優しい兄貴分だ。
田中の話に疲れると、逃げるように光田の元へ逃げるのが河原の通例になっている。
いつでも穏やかな光田だが、パワーとオーラがダダ漏れで、近くにいると不思議と元気になる。
河原にとって、プロ野球の世界に入り3年。
ずっと変わることのない、憧れだ。
その光田が、後輩に囲まれて、相槌を打ったり、笑ったりしていたが、何だか元気がない気がした。
何かあったのだろうか。
少し気になったが、田中の話が続いていて様子を見に行くことが出来ない。
河原は頃合いを見計らい「すいません、ちょっとお手洗いに行ってきます」と、何とか抜け出した。
手洗いから戻ったら、しらっと光田の方へ行ってみよう。
手洗いへ向かい廊下を歩いていくと、店の出入り方向のテーブル席に座る女性に目が止まった。
悲しそうに俯いていた。
泣いているのだろうか。
誰かいて、別れ話でもしているのだろうか。
女性がおもむろに顔を上げた。
河原はその顔を見て、どこかで見覚えがあると感じた。
「どこで会ったかな」
あっ。
河原は声が出そうになるのを堪えた。
そうだ、間違いない。
あの時の人だ。
ファン感謝祭の時、「俺の料理選手権」が終わり裏のテントに戻ると、谷岡がうなだれて壁にもたれていた。
「どうした?」
河原が声を掛けると、谷岡が周りをキョロキョロ見回した。
「ミラクルだよ、マジで」
そう言って谷岡の肩を抱くと、耳元で小さな声で呟いた。
「あの子、光田さんの女なんだって。知ってたか?」
「あの子?誰だよ。内田菜々?」
「違うんだよ。今、俺と料理してた子が、光田さんのなんだって」
河原は思い出した。
「え?何で分かったんだよ」
「言われたから」
「誰に?」
「光田さんに」
谷岡はまた頭を抱えた。
お土産のサインボールを受け取りに来たとき、河原はその女性をしっかり見たから間違いない。
河原は悲しそうな女性があの時の人だと確信し、目があった瞬間、慌てて頭を下げた。
彼女は不思議そうに、けれどこちらに頭を下げてくれた。




