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真夏のジル  作者: ひめなな
9/15

ジルの秘密2

私は立ち上って洗面台の上のポーチを掴み、

そこから口紅やらファンデーションやらがまるで絵具のように

ぺちゃりと付いたヘナヘナの一枚の絆創膏を取り出し、

ジルの元に座り込んで、口元に絆創膏を貼った。

そしてまた起き上り、タオルを洗面台の蛇口を捻り、

冷たい水で何度も何度も濡らして、絞った。

それをジルの腫れあがった瞼に押し当てた。


ありがと。むっちゃん。


ジルが微笑む。


私は首を揺らす。


静かな夜が二人を包む。

そしてふいに天井にある小さな電灯が消えた。

12時を過ぎたのだろう。

暗くなった瞬間

ジルが口を開く。

「あっしのおかんさぁー、男が出来てさぁー、あっしと親父を置いて逃げちゃった。

あっしと親父、母親に捨てられたんべー。ウケルだろう。

ほんでさー。しばらくしたら親父も女作っちゃって。

あっしと親父が住んでいる家に女が住み着いた。」


ジルがそう言って、一気にしゃべりだす。


「当然あっしの居る場所なくなるよな。

あっしの居場所まるでなかったもん。

うん。親父もあっしと一切しゃべらなくなった。

無言で出てけって言われてるようなもんだよ。

ほんと。要は育児放棄。

飯も食わせてもらえなかったし、当然金ももらえなかった。

なんか家に帰る度に、あっしの部屋に荷物置いてるんだ。

女の洋服とか、使わなくなった扇風機とか。ストーブとか、こたつとか。出るしかなかった」


ジルが私を見る。


私はジルをじっと見つめた。


「当然だべ。今頃きっと親父も女も手を叩いて喜んでるんだろうな。

上手くいったねーって。なにがネグレクトだよなー。

なんか都合よくかっこいい英語使っちゃって。あんたもネグレクト? 私もネグレクト。イエーイ、カッケーみたいな、さ。あっしら日本人だっちゅうの

。性欲だけに目覚めたバカな男と女がエッチして、ほんで出来て

、それをどうにかする術も金もねえ女が生むだけは生み、その後ほったらかしにされた子供って言えばいいべー。ケケケ、それが長かったら性欲だけで出来てるバカ親

。でいいべー。ねぇむっちゃん。それをさぁー、

大して英語もしゃべれないくせに何がネグレクトだべ。そこで都合よく言葉をくるむなっつうの。なにがモンスターペアレントだってぇー。ウケルぅー。

言葉なんてトリックみたいなもんだよな。大人の都合いい記号。ほんであっし、まだ中学生でぇー。えっ?みえないって。ほっとけつうの。ウケル。

でもさ、それなのにさ、あっしのことほったらかしにしてんのにさ、親父さ、あっしのこと……」


そう言った後、ジルは不意に口を噤んだ。

そうしてゆっくりと私から目を逸らした。


「あっしの体いいように弄んでたんだべ、ずっと。

物心ついた時からそれは始まったんだべ。

何歳だったとかはもうはっきし覚えてないんだけど。

初めはあっしの胸とか弄ってるだけだったんだけど、

段々それがエスカレートしてきて、最後は。あっし抵抗したんだべ、

そしたら殴られて。後は親父の思うがままだべな。

新しい女が来てからも、それは続いたんだべ。ずっと。

女がどこか買い物に行ったりした時を窺って、親父はやってくるんだべ、

あっしが昼間いなかったら、夜中でもやってきた。女、親父の横で寝てるんだべ、

それなのに、やってくるんだ。ほんでコトが終わった後、

あっしの背中を手の平でバシンって思い切り叩くんだべ。毎回、毎回。まるで何かの印のように。それを残していった。

あっしの背中に大きな手の平の跡、それが出来たら、

嬉しそうにそれ、眺めるんだべ。怖いよな。しかもめちゃくちゃ痛いんだべ、

後から鏡で見たら真っ赤に腫れあがってるんだべ。

まるでもみじだよ。ほんと。ちょー怖い。つかウケンベー。そ

れに気付いた女があっしのこと追い出したんかもな、追い出しても、あんま意味なかったのにな。ほんとウケンべー」


ジルは一人で笑って、一人で手を叩く。


私の頭の中に、ジルの背中に出来てる痣が思い浮かんだ。

手の平の跡、

それは真っ赤に腫れあがり、ジルの背中を覆う。


まるで有名人の手形かのように。

生きてる証、

生きてた証、

ここに存在したという証、のような物、

あんたは偉いと言われてるかのような称号、

ジルの親父は何を思ってジルの背中に跡を付けるのだろう。

ジルは俺の物だという、男が女に付ける独占欲か、

果たしてまた真っ黒な歪んだ欲に溢れた渇望かは知らないが、

卑猥に満ちる自我欲のような塊のキスマークみたいなのを意味するのか、

それとも自分の娘を犯すというまれにみる犯罪に酔っているのか、


誰もかれもが出来ないその後ろ暗い秘密に酔いしれているのか。

やがてジルの背中にある真っ赤な指がじわじわと膨れ上がり、

それは血で染めた指であるかのごとく背中から浮き出し這いあがる。

それらが思い思いに動き始め、それはジルの首元にまでもそもそと這い

、ジルの首元まできたところで、やっとみつけたかのようにそれは喜び、

思い切り絞める。

締め付ける。

ジルは苦しいともがく。

息が止まる寸前でその指を緩める。

ジルはいつもそれに怯えて暮らす。

きっと一秒もその存在を忘れられない。


「おかんもさ、それ知ってて出て行ったんかもな。

学校行ってもさ、あっしいじめられるんだよね。

そりゃいじめやすいよね。母親は男と駆け落ち。みずからいじめてくださいって言ってるみたいなもんだよねー。ほんと。ウケンベー」


そしてジルはふいにまじめな顔に戻る。



「むっちゃんは?」


私はジルの顔を指差して、そして自分の顔を指差す。


おんなじ。


声には出さず唇だけ動かしてそう答えた。


「むっちゃんも虐められてる?」


私 はジルを見つめていた目をゆっくり伏せて、ゆっくり開いた。


ジルが数秒私を見つめる。

そして天井に顔を向けた。大きなため息を一つ吐く。


「居場所なくなって。家を出た。学校も行きたくなかったからちょうど良かった。でもすぐ金に困った。学もない、何もないあっしだからさ、まぁ仕方ないわな」


そしてジルが黙る。そしてまた開く。


「でも、ほんとは嫌。ほんとは。だけどジルが生きて行くにはそれしかない。今更それしかない」


ジルが私の瞳を見つめる。

暗がりの中にジルの瞳だけがぼんやり浮かぶ。

瞳の中の水分が暗がりの中でキラリと光る。


「むっちゃん、瞳綺麗だね」


そう呟いてからジルは目を伏せた。

そして何も言わないまま布団の上に横になって

膝を抱くような格好で眠った。

私もその横で膝を抱いて眠った。

眠りながらチラリと思った。

そういえばジル携帯持ってないけど、

どうやって売春の相手と連絡取ったりしてんだろう。

もしかしたら決まった相手なのかもしれない。


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