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真夏のジル  作者: ひめなな
8/15

ジルの痛み


取り残された私はインスタントラーメンをぼそぼそと噛み、

お茶を飲んだ。

そして何もすることがなくなった。

また寝る。

目が覚める。

隣のトイレを誰かが使ってる音がした。

トイレットロールをコロコロと巻きとる音。

慌てて起き上る。

鍵を閉めてることを確認した私はほっと胸を撫で下ろす。


隣のトイレで誰かが念仏のようにぶつぶつ何かを言っている。

男の声だ。

背中がゾクリとする。

毛穴が大きく開く。

鳥肌が起つ。

なんでこのぶつぶつは鳥肌というのだ。

そうか鳥の肌はこんな風にぶつぶつだっけ。

なんて思いながら男が去るのをじっと待つ。

天井を見上げて身が竦む思いがした。


こっちのトイレと向こうのトイレを隔てている壁と天井の間に数十センチほどの隙間がある。

要は壁が天井までないのだ。

一つの大きな部屋のごとく向こうのトイレとここのトイレは繋がっている。

ってことは男がその気になればこの鍵はなんの意味も持たないということになる。


そう思えば思うほど体が震えてくる。

あの時の恐怖を思い出した。

虫が起き出す。

もそもそと這い始める。

怖い、

あの恐怖。

虫が全身を這う、

あのなんともいえない感触。


男のぶつぶつはやがて怒鳴り声となり、叫び声となる。

唇が震える。

ジル早く帰ってきてと願う。

おかしな話だ。

昨日まで私はここで一人で、

そしてそれがなんとも居心地良かったのに。

一人になりたいと強烈に願い、

そしてやっと一人の空間を手に入れたはずなのに。

もうジルの存在に頼ろうとしている自分がいる。


そんなことを思いながら、

ただ震える唇を、肩をなるべく揺らさないよう力を込めて、

時間が去るのを待った。

ようやく男がトイレから出た。そ

してズボンをずるずると引きずるような音をたてながら

、私の個室トイレを通り過ぎた。

通り過ぎたと思った瞬間、男が個室トイレのドアを一発殴った。

私の体が一瞬宙を舞った。

ような気がした。

気がしただけだった。

そして男は公衆トイレから出て、いつのまにか足音もしなくなった。

私は大きな安堵のため息を一つ吐いて、目を閉じた。


また目が覚める。

ジルはまだ帰ってこない。

もうここには帰ってこないのだろうか。


でも、と思う。

ジルは自分の化粧ポーチをちゃんと洗面台の上に置いてある。

ってことは帰ってくるつもりだろう。

帰ってくるのは朝かもしれない。

そう思ってまた目を閉じた。

個室トイレのドアをどんどんと誰かが叩く。

私ははっとする。

思わず身を竦める。


「あっしーだよー。むっちゃん、開けてー」


ジルの声がする。

私は慌てて起き上ってドアの鍵を開けた。

ドアを開けた。

ジルがいた。

個室の中にこれまた当然のような顔をしてズカズカと入り込み、

私の横にちょこんと座る。

小さな電灯の明かりの下にジルの顔が浮かぶ。

ここの電灯は夜中の一二時までは点いているみたいだ。

ジルの顔がなんだか変。

私はジルの顔を覗きこむ。

ジルの瞼が大きく腫れて、

唇から真っ赤な血が出ていた。

私は慌てる。

がなすすべがない。

慌てて起き上った腰をまた落ち着かせた。


「むっちゃん、ジル大丈夫だよ」


私はジルの口元にタオルを当てる。


「ヘヘ。むっちゃん、私のポーチの中に絆創膏があるから、それ出して」


私は立ち上って洗面台の上のポーチを掴み、

そこから口紅やらファンデーションやらがまるで絵具のようにぺちゃりと付いたヘナヘナの一枚の絆創膏を取り出し、

ジルの元に座り込んで、

口元に絆創膏を貼った。

そしてまた起き上り、タオルを洗面台の蛇口を捻り、

冷たい水で何度も何度も濡らして、絞った。

それをジルの腫れあがった瞼に押し当てた。


ありがと。むっちゃん。


ジルが微笑む。

私は首を揺らす。


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