ジルの秘密
「終わったよー。でっけぇのが出た。超、ひっさびさー」
ご機嫌なジルの声。でも戻る気にならない。
だってひさびさってことは臭いんじゃねえの?
それにジルのうんちってすごく臭そう。
そう思うとどうにもこうにも体が動かない。
ジルが待ちかねたような顔をして、
公衆トイレから出てきた。
「終わったよ」
私は頷く。
ジルが私の落書きに気づいて、私の隣に座る。
「これって、もしかしてあっし? 似てねー」
けらけらと笑う。
お腹に手を当てて腰を丸めて笑う。
ジルが私とおなじように小枝を拾って、私の似顔絵を描く。
私よりずっとずっと絵がへたくそだった。
思わず笑う。
「笑うなって」
ジルが唇を尖がらせる。そして真顔に戻って言う。
「ねえ、なんでしゃべんないの?」
私はジルの目を見つめる。
ピスタチオの目が私を見つめ返す。
私は小枝で土の上に書いた。
虫。
「虫? 」
ジルが尋ねる。
私は頷く。
「虫って、どういう意味?」
頭、虫。
私はそう書いた。
「頭? 虫?」
ジルが首を捻る。頭を傾げる。
「もしかしてむっちゃん頭が虫なの?」
ジルのピスタチオのような瞳がこれでもかと開く。
すっとんきょうな声が辺りに響いた。
私は頭を振る。
虫がいる。
私が書く。
「むっちゃん、頭の中に虫がいるべ?」
私は頷く。
「そっかぁ、虫かぁー辛いべー」
笑われると思っていた私は驚いた。
そのままジルを見つめる。
そこに子連れの親子数組ががやがやとやってきて、
砂場へと駆けて行く子供を見つめる親数人。
「むっちゃん、部屋入ろう」
私も頷いて二人して個室に戻った。
鍵を掛けながらジルが言う。
「むっちゃん、今日なにする?」
私は首を振る。
「あっしー、今日仕事なんだぁー。だから出掛けてくんね。
なんかおみやげ買ってきてあげるよ。何がいい?」
私は首を振る。
ジルが私の顔を数秒見つめて、そして微笑んだ。
「じゃ、ちょっくら化粧でもすっべぇー」
ジルのポーチから様々な化粧品が溢れ、
そしてそれらを器用に顔に塗りたくる。
何度も何度も塗りたくる。
たっぷりのアイラインが何度も目の周りに引かれ、
つけまつげをそれは器用に付けて、
またたっぷりのマスカラを塗りたくる。
そしてブルーのアイシャドウをまた何度も塗りたくる。
私はそれをじっと見つめる。一時間後、昨日のジルが現れた。
「あっしいー。パパ活してんの。それで稼いでんの」
ジルの目が黒い。
その奥はもっと黒い。暗くて何も見えない。
「だからぁー。金は心配すんなって。どうせ、むっちゃん、大して持ってないべぇー」
私はジルを見つめる。
ジルは金髪の髪の前髪だけを器用に束ね、頭のてっぺんで結ぶ。
今、流行りのピンクのシュシュが頭のてっぺんで誇らしげに蹲っていた。
「ほんじゃいってくっからぁー。むっちゃんは大人しく留守番してなぁー」
ジルが大きな鞄を肩から引っ提げて、
個室を出て行った。ジルの厚底サンダルの音が響く。
そしてそれは地面に吸収されて消えた。