ジルとの日々の始まり
「セブン、行ってきたんだぁー。
そっか、そっか、ここからだとセブンが一番近いかぁーってなんでやねーん、
ここからだとすぐそこにファミマがあるじゃん。まぁいっか。で、なに買ってきたん?」
色んな方言が交って、どこの人かわかんねぇし。私は思う。
女子が私のナイロン袋を覗く。
「おお、シャンプー。おお、歯磨きセット。あんた意外にちゃんとしてるべー」
ナイロンからそれぞれを手にしながら、呟きを入れる。
「つか、メロンパンとインスタント? これだけー。しけっちゃってんねー、
まったく。よしこれからは買い物はあっしが行ってやる。
金? 心配ないって。あっしこれでも金持ってんべー。」
そう言って私の顔を誇らしげに見る。
私の方に指を指す。
「びっくりした?びっくりしたべ?あっし実は金持ってんの。
稼いでるんだよ。この年でえー。だから金の心配はせんでええって。つうか、なにそこに突っ立ってんの?早く座れっちゅうの」
女子が私の手を引っぱる。
私はそれに倣って女子の隣に座った。
「おおう、二人十分座れんじゃん。やっぱ広いべー。私の読みは当たってたってー」
女子が自分の肩に引っ掛けてた大きめのバッグを床の上に置き、
そしてなにやらごちゃごちゃと中身を引っかき回し、そこからポーチを取り出した。
「あっしのシャンプー、あっしの洗顔料、あっしの化粧品色々、入ってるからぁー、
あんたも使ってもいいよ」
立ちあがってそのポーチを洗面台の上に置く。そしてまた座る。
「あっそうそうあっし、自分のタオルとかもあるからぁー」
バッグから出てきた数枚のタオルは、どれも無地の地味目なやつだった。
似合わねぇー。
そう思いつつ見てると。
「似合わねぇーって。だろ? でもあっし、あんまり派手なの好きじゃねえし」
あなたの顔は十分派手だけど。
私は考える。
でも、確かにそう言われて見ると持っているバッグもポーチも無地だった。
ど派手なピンクだったから気付かなかったけど。
「あっしー。腹空いてんべ。このメロンパン半分もらっていい?」
頷く間もなくそのメロンパンは、パッケージを剥がされて二つに分けられていた。
そして片手のメロンパンを口に挟み、
もう片方のメロンパンを私の目の前に差し出す。
私はそれを黙って受け取る。そして一口齧る。
「なんかさ、嫌なことあるとさ、
腹って空かないんだよねー不思議と。
つうかさ、食欲ってのがどこかに消え失せるんだよな。食べる? って
どういうことだっけみたいなさぁー」
そう呟きながら、メロンパンはあっという間に女子の口の中に消えた。
そして女子は体をそれはちっちゃくしてその場に横たわる。
仕方なく私もちっちゃくなる。
「体が生きようとするのを放棄するんかなぁー、
なんてね。あっそうそうあっし、ジル。あんたは?」
私は答えない。
「うん、じゃぁむっつりしてるからむっちゃん。
うん、いいねー。我ながら冴えてんべー」
そしてジルはゆっくりと目を閉じた。
静寂が二人を包んだ。
遠くで子供の泣き声がする。
でもこことは関係のないどこかの世界。
ここの世界には、ジルと私、
通称むっちゃん、二人だけ。
静かな夜。
傷ついた野良犬二匹。
どこかでパトカーのサイレンが鳴り響く。
でもこことは関係ない。
夏の夜。
外の風がほんの少しだけ気持ちいい。
そんな夜。
朝が来る。
目を開ける。
びっしょりと汗を掻いている。
隣に何かがいて驚く。
私と同じ格好をした人間。
あぁ夢じゃなかったんだと思う。
なんだかちょっとほっとしてる自分がいたりする。
私は起き上ってその辺に転がっているタオルをむしり取り、
顔の汗をガシガシ拭いた。
そしてジャージの中の素肌を拭いた。
てか、ジャージって暑すぎる。
でも他にないから仕方ないけど。
そして昨日買っておいたすぐ傍のペットボトルを掴み、
その中のお茶をごくごくと飲んだ。
人間が二人いるから、自然とここの空間の気温も上がる。
むさ苦しい、
暑苦しい。
うだるほどの熱帯夜。で
も虫が騒がない。
虫が大人しい。
頭を振る。
虫の存在がぞわりと音を発てて動く。
どうやら寝てるらしい。
虫も寝るのか。
隣のジルの顔を覗く。
ジルはいつのまにか顔を洗っていて、
すっぴんのジルが眠っていた。
顔が全然違う。
誰か知らない人が
いつのまにかジルと入れ替わって眠っているのかと一瞬疑う。
でもそんな訳はない。
私は直もジルの顔を覗きこむ。
ふいにジルの目が開く。
驚く私。
大きいはずだったジルの目はピスタチオのように小粒だった。
「あっしー、うんちがしたい」
ジルの第一声。
確実にジルだと確認した私は慌てて立ちあがり、
鍵を開けてドアを開けて個室から出る。
ジルがドアを閉める。
放りだされた私は、公衆トイレを出た。
ものすごい熱気の太陽が私を待ちわびる。
私は怖気づいて、公衆トイレの前にある木の木陰に腰を落ち着かせた。
生ぬるい風が時折私の髪を頬を撫でる。
私は小枝を拾ってジルの似顔絵を描いた。
似てる。
思わず笑う。
ジルが個室から大声で呼ぶ。