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真夏のジル  作者: ひめなな
3/15

むつみの決心

それからしばらく私は横になったままでいた。

見慣れた天井の無数の穴が私を見つめる。

私の頭の中の虫が、またもや交尾を始め、

メスのお腹から無数の卵が産まれだす。


その中の数匹が、狂ったような動きを始める。

ばかみたいに同じところをぐるぐると回り始め、

それはまるで自分の尻尾を追い掛け回す馬鹿犬のよう。


そして動きが止まった一匹が共食いを始める。

ごにょごにょ、ごにょごにょ、

嫌な音が私の頭の中を駆け巡る。


それは今まで聞いたこともないような音。

ぐにゅぐにゅ。ごにょごにょ。

はしはし。わしわし。

ぶちぶち。びちゃびちゃ。

私は慌てて自分の頭を殴った。

何度も何度も殴った。

でもその音は止みはしない。

その隣でせわしく交尾をやめない虫。

その隣でメスが卵を生み続ける。

そのまた隣でたまごから出てくる無数の虫。

陰毛のような足が飛び出てきて、

すぐに体がすっぽりと出てくる。


卵から出ることなんてたやすい、なんて言ってるかのように、それは簡単に出てくる。


私はそれを感じながらゆっくりと起き上り、

床に投げ出されたまま、

開けもしなかった鞄を持ち上げ、ドアをガラガラと右に引き教室を出た。


その足でホームセンターに寄り、また鍵を買った。

これ一個でニ、三日持つから、

とりあえず七個買った。


その足でコンビニに寄りいくつものカップめん

、チョコレート、お菓子、ジュース、お茶を買った。


私の全財産はすっからかんになった。

昨日巨漢のお財布から取っておいた数千円。

巨漢にはどうやらばれてないらしい。

それも時間の問題ではあるが。

帰ったら家の玄関は開いていた。


 今日はパチンコ店の休店日。

ゆっくりドアを開けて、

巨漢に気づかれないよう靴を脱ぐ。

階段の向こうの部屋から明かりが洩れて、

テレビの雑音が聞こえる。


それに被って巨漢の笑い声が聞こえる。

私は足を忍ばせて、リビングの中を覗いた。

巨漢の大きな体が横たわり、

ついた左手の上に大きな頭を載せて、


おせんべいをかじかじと齧り、その口で大きく笑う。

それはまるで横たわったままの巨大な偽物の仏像、

積み上げられたごみの山、

焼けただれた大木。


 私はそれを見やった後、

ゆっくり階段を上り自分の部屋に足を踏み入れた。

そして買ってきた鍵を取り付け

私はやっと落ち着きを取り戻した。


 次の日、またもや巨漢が大きな足音を発てながらやってきた。


でも昨日やってきた新人は巨大な力にも負けずに頑張ってくれた。

ようやくあきらめた巨漢が、

家中に響き渡る足音を発てて、階段を下りリビングへと戻っていった。


私は巨漢に勝った鍵を撫で撫でと撫でつけ、

それからカップめんをお湯も入れずに貪り、

それからパソコンに向かった。


インターネットを呼び起こすために

その印をクリックするが、どうにも反応が鈍い。

何度も何度もダブルクリックをしたところで、ようやく画面が動いた。


舌うちを繰り返しながら画面を見つめると、

そこには接続してない旨などがズラズラと書いてあった。

ちくしょう。

 

あの巨漢め、ネットを解約したか。


 私はパソコンの画面を殴りつけ

痛い手のままベッドに横になった。

そのまま時が過ぎ、またもや朝が来て、

また私は巨漢の足音を待っていた。でも今日はその足音が聞こえてこない。


あいつもとうとうあきらめたか。

私は安堵のため息を一つ吐いて、

マンガの本を手にした。


あれから二日が過ぎ、私の食糧も尽きてきた。

私は昼ごろから階下に耳を澄ませて、

巨漢が出掛ける時間を待っていた。


大体いつも三日に一回の割合で巨漢は出掛ける。

買い物とは名ばかりのパチンコだ。

出掛けると三時間は戻ってこない。

巨漢の足音が廊下に響き、

トイレのドアが開いた音がした。


しばらく無音。そして扉が開いた。

水が激しく流れる音が聞こえてくる。

そしてまたバタバタと廊下を進み、

リビングに戻ってなにやらごそごそする。


そしてまたバタバタと足音が響き、

ようやく玄関のところで物音がした。

どうやら靴を履いているようだ。


息が荒い。


呼吸の音まで聞こえてくる。

あの巨漢の体じゃ少し動くのもしんどいようだ。

でもパチンコだけはやめられない。

玄関のドアが開く音がしたと思ったら、

すぐに閉じられる音が響いて、そして無音。


 私はようやくベットから起き上がり、


部屋の鍵を外し部屋の外に出た。

むおっとなにやら正体のわからない匂いが私の鼻を劈く。

トイレの匂い?

巨漢の口臭の匂い?


それとも巨漢の押し入れの匂い?


洋服の匂い?

私は首を一つ傾げて階段を下りた。

リビングを過ぎて巨漢の部屋へと足を進める。

障子の扉が少しだけ開いたままになっている。


私はそこから覗いてみる。

真っ暗で何も見えない。

どうやらカーテンを開けてないようだ。

珍しいなって思った。

巨漢は暗いのが嫌い。

朝からばかみたいにカーテンを開けて、

太陽の陽射しを部屋中に取り入れるのが好きなのだ。


あまりにも慌てたか。


 私はゆっくりと障子を開き、

足音を忍ばせてその真っ暗な部屋へと足を踏み入れた。

ゆっくりとタンスに近づいた。


いつも置いてあるタンスの前にくる。

手を伸ばす。

一段目を開けた。

慣れない目が引き出しの中身をぼんやりと映す。

私は目を擦ってもう一度中身を凝らして見た。

ようやくぼんやりとだが何かが見える。


きっとお財布だ。


私は手を入れてみて、中身の中のお財布らしき物を手にした。

指でなぞる。


ガマ口が手に触る。

これだと確信した私は財布を手に取る。


ガマ口には触れないでボタンを探した。

すぐに分かる。ボタンをポチンとはずし、

そこから紙の何枚かを手にした。

目を凝らす。千円札なのか、五千円札なのか一万円札なのか分からない。


とりあえずいいやと思った私はその何枚かをポッケに忍ばせて、

ボタンを付けてそして引き出しにしまった。


引き出しを元に戻そうと引き出しをゆっくり押したその時、

ふいに何かが私の肩に抱きつく。


びっくりした私は体のバランスを崩しながらその手を引き離そうともがく。


でもなおさらその手はおおげさなほどの力で私に抱きつく。


そしてものすごい力で私を押し倒そうとする。

その力に負けて私は畳の上に倒れた。


顔から落ちたから鼻を強打する。

鼻の奥がジンジン痛い。


それでも私は必死に体をもがいて体を捻る。


相手の顔を確認する。

どうやら男らしい存在が私の顔のすぐ傍にあり、

そして巨漢とは比べられないほどの口臭を私に浴びせかけた。


息が異様に荒い。


 その男が私のジャージのチャックを下げる。

びっくりするほどの力だった。

到底私の力ではどうにもできない。


まるで大きな石が私の上に覆いかぶさっているかのよう。


それでも私は必死に抵抗する。

体を捻る。

左右に捻る。


男はじれったそうに舌うちを一つして私のジャージを捲った。


私の肌はすぐに飛び出し私のおっぱいまでもがすぐに顔を出した。


そのおっぱいを男が掴む。痛くてたまらない。

そして無理やりジャージを頭から脱がせた。


私は目を凝らして相手の顔を確認しようとするが、やはり見えない。

私は必死に抗う。


その瞬間、

私の中の虫がざわざわと動き始め、

ものすごい勢いで卵を生み始める。

オスだったはずの虫までもがメスへと成り変わり、

それはたくさんの卵を生み始める。

生み落とされた卵から、これまたすごい勢いで卵が割れて、

そこから無数の虫の幼虫が出てくる。

出てくる。

その虫たちが私の頭の中をもぞもぞと這い始め、

私はあまりの気持悪さに身震いする。

男の手が私のズボンの中に手を入れる。


卵から出てきた無数の幼虫は、

行き場がないのか、

やがて私の耳から、鼻から、陰部から、

お尻の穴から出てくる。出てくる。

それでもまだ頭の中に残っている無数の幼虫、

成虫が訳もなく、ぐるぐると廻り出す。


そして頭から全身へと動き始める。

天井を見上げた。


天井のいくつものシミが、やがてぷっくりと膨らみ、もそもそと動きだし、天井を這い始める。

あぁいつのまにか、

あんな所まで私から這い出た虫は

到着していたのか。


お願い。どうかこの家を食い尽して。

この男を食い尽して。


私の中に居座る虫が私の中で這いずり回る。 

頭の中をゾロゾロと這いずり回る。

それは何十匹、何百匹。

頭の中がいっぱいになると、

それらは申し合わせたように移動を始める。


とうとう私の体が虫に支配される日がやってきた。

これで終わりだ。

私という物体は終わりだ。


待っていたこの時を。

ようやくその日がやってきた。

頭から這いだした虫どもは、

私の喉を通り、

そして心臓、肺、胃、膵臓、

腎臓、肝臓へと渡り始める。


そして思い、思いにまた卵を生みつける。

私の体は支配され、

そして形もなくなるほど食いつくされるだろう。

ようやくその日がやってきた。


どうか、

早く。

この形あるものを無くして欲しい。

鬱陶しくてたまらなかったこの体。

もう終わりだ。

やっと終わりだ。


その時、どこからか奇妙な声が響いてきた。


なんとも言い現わせないような叫びのような声。


サイレン? 


違う。


地獄からの響き? 


違う。


それは虫の叫び? 

そうかもしれない。

大群の虫の叫びかもしれない。

それはどこから聞こえてくる? 

私は耳を澄ます。

はっとする。


それは私の声だった。

私は笑っていた。

奇声を発していた。

声にならない声で。

声というより体の中から突き出た音。


そうまるでサイレンだ。


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