第三章 メルキド侵攻 第十二話
今はただ一人、クーラーが駆る石兵オリオンだけがワイバニア兵をなぎ倒していた。
「縄をからめろ!」
オリオンを取り囲んでいたワイバニア軍の分隊長が叫んだ。彼の命令からほどなくして、オリオンの四方から縄が飛び出した。先端に石が結びつけられた縄は、石兵の体に絡み付くと、その動きを封じた。身動きの取れなくなったクーラーは愛機に乗ったまま地面に打ち倒された。
「くそ! 動け!」
クーラーは操縦桿をひねり、なんとかオリオンを動かそうと努力したが、からみつく縄に邪魔され、指一つ動かすことができなかった。
「とどめをさせ! 槍で一斉に突くんだ!」
分隊長が指示するとクーラーがいる石兵の腹部めがけて十を超える槍が突き立てられた。石兵の腹からクーラーの血が止めどなく流れ落ちた。
クーラーを取り囲んでいたワイバニア兵をかき分けて、銀髪のおだやかな風貌をした男が現れた。銀髪の男は石兵の兜を外し、クーラーの顔を出させた。
「わたしはワイバニア帝国軍第八軍団長ゲオルグ・ヒッパー。貴殿の戦いぶり、実に見事だった。遺言があれば戦った者の礼儀として承りたく思う。」
ヒッパーはクーラーと同じ目線に立って言った。クーラーは血を断続的に吐きながら軽く目を閉じて答えた。
「俺の息子に、誇りある武人になれと伝えてくれ……。ワイバニアの将よ。よろしく頼む」
「貴殿の意。確かに承った。しからば、御免」
ヒッパーはクーラーの喉に剣を静かに突き刺した。クーラーの首からは鮮血が飛び出し、クーラーの顔と愛機をたちまちのうちに紅く染めた。ヒッパーは静かに立ち上がると、周りの兵士が聞こえるように大きな声で言った。
「メルキドの英雄に、第八軍団、敬礼!」
ヒッパーら、入城した第八軍団は全員その場で敬礼した。互いに全力を出し尽くした敵手としての敬意と礼儀を彼らは込めたのである。クーラーの死と共に、カルデーニオ要塞西側城壁はここに陥落した。