第三章 メルキド侵攻 第七話
劣勢の中、マッサリアは要塞地下で指揮を執り続けていた。しかし、それは指揮と呼べるべきものではなかった。報告されるのは被害報告ばかりで要塞の中枢はその対処に追われ、ほとんど機能していなかったのである。
だが、前線で防戦を繰り広げていたメルキドの指揮官達は武門の名に恥じぬ戦いぶりを見せていた。
とりわけ、ボストン・クーラー指揮の西側城門は投石機の攻撃にはさらされたものの、石兵の能力をフルに活かしてゲオルグ・ヒッパー率いるワイバニア第八軍団を一歩も寄せ付けなかった。その防戦の巧みさはヒッパーも舌を巻いた。
「見事な防御戦だ。与えられた戦力を最大限に生かしている。お前達もよく見ておけ」
ヒッパーは後ろを振り向いた。彼の後ろには、まだ少年の面影の消えない若者達が並んでいた。
ワイバニア十二軍団の中で、第八軍団は特に異質な存在と言える。第八軍団を構成する幕僚、兵士達はその大半が新兵であり、中には初陣といったものも少なくない。第八軍団はもともと、兵士、指揮官の実地教育のための軍団である。よって、兵の練度は低く、兵士個人の強さで言えば、十二軍団中最弱であった。しかし、ワイバニア十二軍団の中で比較的中位の序列にあるのは、ひとえにヒッパーの巧みな戦術指揮とリーダーシップによるものであり、ヒッパーがいかに軍団長として非凡な能力を有しているかを証明していた。
「だが、敵にばかり用兵の妙を見せつけられていては、俺の存在意義がなくなるな。重装歩兵大隊を前面に展開し、敵の射撃を防御しろ。第二陣は弓兵大隊。当てようなどと考えるなよ。敵が撃てなくなればそれでいい」
ヒッパーは自身に満ちた笑みを浮かべた。これでいい。指揮官は常に自信と威厳に満ちていないと兵が不安がるからな。目を輝かせ、伝令に走る若い兵士を見て、ヒッパーは心の中で自嘲した。