第三章 メルキド侵攻 第三話
デミアン要塞の見張りはワイバニアの大軍がのっそりと、しかし、確実に動く様子を確認すると、鐘を鳴らして叫んだ。
「来るぞ! ワイバニアが動いた! 攻めて来るぞ!」
デミアン要塞の司令官クバ・リブレは「ワイバニア動く」の報告に即座に命令を下した。
「首都ロークラインに援軍の要請だ。それから全要塞に警戒警報を発令しろ。総員、戦闘配置につけ」
リブレは悲壮な覚悟を抱いていた。ワイバニアはほぼ全軍、しかも同時にこの要塞を落とすつもりだ。せめて一つなら、戦いようはある。だが、かつてない大軍を相手に持ちこたえることができるだろうか。攻め込まれた時点で、この要塞の命運は尽きているのではないか。リブレは絶望を感じずにはいられなかった。
「さて、どう攻めようかのう……」
カルデーニオ要塞を包囲したグレゴールは、そびえ立つ巨大要塞を前に思案を巡らせていた。第四軍団長グレゴール・フォン・ベッケンバウアーはフォレスタル第一軍団長のフランシス・ピットと並ぶ、アルマダで随一の戦歴を誇る指揮官だった。その経験に裏打ちされた戦術と老獪さは並の指揮官では太刀打ち出来ず、局面によっては、第一軍団ですら一歩譲るほどの名将だった。
「もう! ちゃっちゃと攻撃して、さっさと皆殺しにしちゃおうよ! あんな要塞!」
グレゴールが思案していると、じゃらじゃらと悪趣味で派手な飾りをつけた鎧を鳴らして後ろから第十一軍団長のザビーネ・カーンが話しかけてきた。ザビーネは二四歳。十二軍団長の中では年少の部類に入る。二四歳と言う若い年齢にも関わらず、彼女が軍団長になれたのはザビーネ個人の戦闘力と戦闘における残忍さによるものだった。彼女率いる部隊は敵の退却を許さず、敵は全滅するか、戦闘不能になるまでたたきのめされるかの二つに一つだった。血風乱れる戦場で、彼女は敵が全滅する様を悦に入りながら見ていたという。彼女の残忍さは、十二軍団の中でも群を抜いていた。
「ほほ……若い者は元気があってよいのう。じゃが、総指揮官は儂じゃ。求めておらぬのに意見するでない。身の程をわきまえんか」
静かな口ぶりでグレゴールはザビーネを睨みつけた。幾多の死線をくぐり抜けたその眼光は鋭く、ザビーネは恐怖に震えてその場に座り込んだ。