第一章 オセロー平原の戦い 第五話
「これは……。なんだい?」
ヒーリーはその中身がなんなのか理解出来ず、ラグに尋ねた。
「そうか……確かに分からないだろうね。これは銃。魔術銃だよ」
魔術銃と呼ばれたそれは、現実世界で言う少々大きなオートマティック拳銃に酷似していた。二丁あるうちの一つは青く輝き、もう一丁は銀色の輝きを放っていた。
「銃身に『加速』の護符が彫り込まれていて、そこを鉛の銃弾が通ることで、弓矢より遠くにいる敵を倒すことが出来る。しかも威力も弓矢とは桁違いだよ」
この世界には魔術と呼べる人外の技術も存在する。それは遥か太古、神々との戦いのため、人間が生み出したものとされているが、遥か永い時を経たことでその技術の多くが失われてしまい、今ではわずかにフォレスタルで伝えられているのみである。魔術は特殊な加工を施された布や金属などの素材に「護符」と呼ばれる古代文字を書き込むことで完成される。
宮廷魔術師のラグは魔術を錬金術と織り交ぜることでさまざまな発明を成し遂げた。その発明は軍事のみならず、民生用にも使われていた。病院における天井光もその一つで、手術の際、視野を明るくすることに重宝され、フォレスタルでは病死者の一割を減らすことに成功したのだった。
ヒーリーは魔術銃を手に取って真正面に構えた。
「へぇ。弓矢よりもずっと軽いんだな。しかも、扱いやすい」
ヒーリーはラグ自慢の逸品を右手に持ち替え、左手に持ち替えして、ひょいひょいと弄んだ。
「気に入ってくれたようだね。ヒーリー。ついて来てくれ。使い方を説明するよ」
ラグはヒーリーとメルを研究室の外に連れ出した。研究室は城の外れにある。城内の一部は森になっており、的にはおあつらえ向きの大木が多くそびえ立っていた。
ラグはそのうちの一本に狙いを定めると、銀色に輝く銃を持って構えた。
「いいかい。ヒーリー。これはこう使うんだ」
そう言うと、ラグは魔術銃の引き金を引いた。銃口がわずかに光り輝いたかと思った次の瞬間、大木に大きな風穴が一つ開いていた。魔術銃の威力を目の当たりにして、ヒーリーは一瞬惚けた表情になったが、すぐに親友に賞賛の言葉を贈った。
「すごいな。さすがはラグ。天才だよ」
宮廷魔術師は美形の顔を恥ずかしそうに赤く染めた。
「ははは。ありがとう。引き金を引けば連射が可能だし、この銃自体も頑丈に作ってあるから、格闘戦だって出来るよ。ただし、全部で弾は七発。撃ち尽くしたら、マガジンを交換するんだよ。……メル」
メルは魔術銃が入っていた箱から予備のマガジンを取り出し、ヒーリーとラグに手渡した。ラグはヒーリーにマガジンの交換方法を丁寧に説明した。
「ありがとう。ラグ。だいたい使い方が分かった。それじゃ、まぁ、いっちょ使ってみるか!」
ヒーリーは青と銀の魔術銃を両手に持つと、一気に引き金を引いた。何発も銃弾が発射され、ラグの打ち抜いた大木を幹ごと倒した。倒したショックで大きな枝が一本、宙に舞い上がった。ヒーリーは青い銃で狙いを定めると、枝を一発で撃ち落とした。
「これはすごい。ヒーリー、君は思った以上に素質があるみたいだね」
ラグは初めて銃を握ったはずのヒーリーの射撃の腕に驚いた。
「扱いやすいよ。ラグ。ありがとう。この銃に名前はないのか?」
「その青い方が『カストル』、もう一方の銀の銃が『ポルックス』だよ」
「カストルとポルックスか。気に入った!ありがとう、ラグ。ありがたく使わせてもらうよ」
ヒーリーがラグに礼を言ったそのとき、三人の上空で翼竜のいななきが聞こえた。上を見ると、エメラルド色をした美しい翼竜が彼らの上を旋回していた。翼竜は彼ら三人を見つけると、一陣の風とともに降り立った。